新田次郎 富 士 山 頂 [#改ページ]   第一章     1  大蔵省は夕靄に浮く豪華船のように見えた。附近のビルの窓の灯が全部消えても、大蔵省の各階の窓には煌々《こうこう》と電灯が輝いていた。十二月に入ると毎年きまって見られる、この界隈の夜景であった。  主計局のその部屋には机が三十ほどもあって、机の数の三倍ほどの人間がそこに密集していた。椅子に坐っている者も立っている者もいた。  三十の机は四つの群に別れており、それぞれの群を監督するような位置に大蔵主計官のテーブルがあり、主計官の机の前には係員の机が向い合って並んでいた。主計官の机と係員の机との間には無理すれば三人ほど坐れる余地があった。そこに五人ほどの人が無理矢理坐り、尚その脇に資料の書類をかかえこんだ男が数名立っていた。暖房の効《き》いている部屋ではなかったが、寒さは感じられなかった。人いきれのせいだった。  主計官は夜の窓を背負って坐っていた。  窓をとおして国会議事堂が夜空の中に黒く浮き出して見えていた。  気象庁測器課長補佐官|葛木《かつらぎ》章一はその窓とは反対側の廊下側の壁を背にして立っていた。彼と同じように、多くの人がそこに立っていた。各官庁から予算説明に来てその出番を待っている人達であった。  四つの主計官のテーブルの前でなされている予算説明の声が入り乱れると、双方《そうほう》の話し声は自然に高まっていき、やがてその頂点に達すると、またもとのとおりに沈んでいった。  葛木章一は真直ぐ前の主計官の前で懸命に予算の説明をしている一団の人々を見ていた。 「こんな杜撰《ずさん》な予算要求資料って見たことがありませんね」  という声がしたあとで 「おつぎの方どうぞ」  と云う声がした。それまで、机に頭をつけるようにして低い声で説明をつづけていた半白の頭髪が揺《ゆ》れた。なにか云ったが主計官はその男の顔を見ず、その男をよけるように身体を乗り出して、おつぎの方どうぞと云った。次にひかえている官庁の名前を呼ばずに、おつぎの方という表現を使うのは、その主計官がひどく機嫌の悪いときであった。こう云われたときはその予算説明が不成功に終ったことを意味した。つまり、その初老の男にとっては、提出した予算が却下されたことを宣言されたのと同然であった。初老の男は真蒼な顔をして立上った。その男を部下が支えて、葛木が立っているすぐうしろのドアを開けて廊下に出ていった。葛木の周囲にいた男たちが、ひとかたまりになって主計官の前に坐った。  誰かが廊下に通ずるドアを開けたとき、吹きこんで来た風が、主計官の机上に積み上げられた分厚い予算書の頁をまくった。主計官の鋭い眼が、前の官庁と入れ替って彼の前に坐った気象庁代表の予算説明者の顔をひとわたり見た。その眼に睨まれただけで、関係者はひどくあわてたようにぺこりぺこりと意味のないおじぎをした。 「では説明申し上げます」  気象庁会計課長が低いおどおどした声で云った。主計官はそれには返事をせず、傍に立っている部下になにか持って来るように云った。部下が資料を持って来るまでの間、主計官は予算項目に眼をとおしていた。係官が資料を持って来てテーブルの上に置いた。主計官はその資料にひととおり眼をとおしてから、前に積み上げてある資料をぺらぺらとめくった。そして驚くばかりの手際のよさで、予算書の間に観世縒《かんぜより》を挾みこんでいった。  気象庁会計課長の隣に勝田会計課長補佐官が坐っていた。勝田が左足で内村会計課長の足をつついた。  勝田補佐官が、予算説明中にたくみに足をとばして信号を送るのは気象庁独特のやり方だった。勝田は予算説明のベテランだった。入口の壁を背にして立っている葛木には勝田の足の動きがよく分った。 「富士山レーダーから始めていただきましょうか」  主計官が云った。内村会計課長は、しばらくは、それをどう受け取っていいやら困った顔でいた。予算書の頁を追って説明していくのが当り前であるのに、いきなり富士山レーダーから説明しろということは考えられないことであった。 「新規事業のうち金額の多い方から順に説明申し上げるのでございましょうか」  勝田が云った。主計官はそれには答えず廊下側の壁のあたりに立っている一群の予算説明予備員の方へ眼をやっていた。 「技術の方が来ていますか」 「はっ、来ております」  勝田は主計官の意外なことばに反射的に腰を浮かせた。予算の説明は会計関係の事務官によってなされることになっていた。事務官に説明できないような専門的な問題があった場合にのみ技術関係者が呼ばれるのである。一般説明に入る前に技術について聞くことはあり得なかった。 「どうしたのですか」  主計官は勝田の顔を見た。主計官の疲れていらだった眼が勝田を責めていた。  小柄な勝田は机と机の間をすりぬけるようにして葛木のところに来ると小声で云った。 「葛木さん気をつけて下さいよ」  予算説明には予算説明のしきたりがある。なにを云ってもいいというのではない。勝田はそのような一般的注意を与えようとしたのであった。  葛木は予算説明の予備軍であった。この季節になると毎年ここへやってきて、壁の花として終る場合が多かった。発言を要求されたとしても、それはごく簡単なことであった。葛木は勝田の右隣の椅子に坐った。 「あなたは富士山に登ったことがありますか」  主計官の第一問だった。 「あります。昭和七年から昭和十二年まで、年間を通じて三カ月は富士山観測所におりました」 「それでは、富士山のことをよく知っているはずですね。では聞きますが、富士山頂で工事ができる日は一年に何日ありますか」 「七月、八月の二カ月です。そのうち雨や風の強い日を除くと、実際に仕事のできる日は四十日ぐらいだと思います」 「一年間実働四十日というわけですね」  主計官が念をおした。勝田の靴が葛木の靴にからんだ。注意して答えろというふうにからんだ足を引張った。焦点をうまくぼやかして逃げろという注意でもあった。 「そうです、平均して見ると四十日ぐらいでしょう」  主計官の口元に微笑が浮んだ。 「一年に四十日として二年間に八十日ですね、八十日間にこれだけの大工事ができると思ってあなたはこの予算書を出したのですか」 「やれる自信がない予算を出す筈がないじゃあありませんか、その方法を具体的に申し上げましょう」  葛木はその主計官のあびせかけるような云い方が気に喰わなかった。二時間も待たされていらいらしていた。葛木はこの場ではめったに聞かれないような反撥《はんぱつ》的な答え方をした。 「それでは工事の具体的方法を五分間で説明して下さい」 「五分間ですか」 「できませんか」 「できます。二分でやれと云うなら二分でもできるでしょう」  勝田が、葛木の足を痛いほど踏みつけた。葛木はその勝田の足が邪魔だった。うるさい、おれはきさまのロボットではない。おれには、おれの流儀がある。葛木は、勝田に踏みつけられた足を引き抜くと、勝田の踝《くるぶし》のあたりを蹴った。 「それじゃあ二分間で説明して貰いましょうか」 「問題はレーダーの機械を収容する建物の工事です。二年間で完成するかどうかの決め手は輸送方法とその能力です。頂上での工事は七月八月と限定されますが、材料運搬は別です。頂上で工事にかかる前に材料が全部運び上げられているならば、建物自体の工事は八十日あればやれます。だから、私は雪線追従作戦を取ります」 「雪線追従作戦てなんですか」 「富士山登山路の雪が消えるのは六月末です。年によっては七月になっても八合目以上雪が残っていることがあります。その雪が消えるのを待ってはおられません。雪の消えるあと、あとを追っていって……つまり雪線を追ってどんどん荷物を上げていくのです。おそくとも五月には輸送を開始します」 「あなたは元軍人でしたか」  主計官は予算の上に雪線追従作戦と書いた。 「残念ながら私はその経験がございません」 「それで、機械はどうして上げるのですか」 「二年目の八月末か九月のはじめまでには建物ができます。機械はヘリコプターで上げます。五日あれば全部運び上げることができるでしょう。富士山頂をヘリコプターが飛べるような静穏《せいおん》な日は、年平均十日はありますから──」  主計官は腕時計を見た。 「二分間経ちました。あなたの云うことはよく分りました」 「まだ富士山レーダーがなぜ必要であるかと云うことは説明申し上げてはおりませんが」 「必要理由は何度か聞きました。──全国の測候所から入って来る電報を集めて天気図を作り、台風の位置をきめるにはどんなに早くしても一時間はかかる。その間には台風は五十キロも突走ってしまうこともある。ところが、レーダーには一秒の遅れもなく、台風の姿が映る。そのレーダーを富士山頂におけば日本全国に睨《にら》みが効く──こういう説明は去年も一昨年も聞きました。この気象庁の説明資料にも、いささかくわし過ぎるほど書いてあります」 「ではもう……」 「ちょっと待って下さい。このくどくどと長ったらしい説明文をひとことで云い表すことばはないでしょうか、さっきあなたの云った雪線追従作戦といったふうな直観的な表現はないでしょうか」 「台風の砦《とりで》を富士山頂に作ると考えたらいかがでしょうか、台風という敵がこの砦の南方八百キロメーターまで近づけば、これを捕捉することができるのです」 「台風の砦ですね、なるほど、これはいける。いただきましょう」 「予算の方はどうなるでしょうか」 「よく検討《けんとう》して見ます」  そのときはもう主計官は葛木から眼をそらしていた。     2  葛木章一が課長補佐官として勤務している気象庁測器課はもともと戦争中に軍が建てた物置を改造したものだった。昭和十九年に建てられたのだから極度に建築材料を惜《お》しんでいながら、手間をはぶくために鎹《かすがい》がやたらに使ってあった。床は隙間だらけで床下から寒い風が吹き上げて来た。暖房用として石炭ストーブが二個あったが、ぼろ庁舎の内部を暖めるまでにはいたらなかった。  夜が更けると、寒さが身にしみた。  予算対策として残された数人の課員は、ストーブをかこんで大蔵省からの内示を待っていた。おそらくこれが最後の内示で、それ以上復活要求は無駄となるだろうと思われたが、一応、復活要求の資料作成のためと、毎年のことながら、なにか、居残っていないと気が済まないような、責任感にとらわれて、関係課は必要以上の人間を夜おそくまで残していた。  十一時を過ぎたころ測器課長の村岡と補佐官の葛木に会議室に集るように電話があった。スモッグの深い夜であった。  ふたりは黙って外へ出た。予算のことはストーブを囲んでいやというほど話し合っていた。もう話すことはなかった。村岡は、三年つづけて出した富士山レーダーの予算は今度もおそらくだめだろうと思った。だめだろうとあきらめると、すぐそのあきらめた心の奥から、もしかしたらという期待が浮んで来た。村岡はこの道を去年の今ごろも同じような気持で通ったことを思い浮べていた。  気象庁は新庁舎の建設中であった。板がこいに沿って暗い電灯の下を歩いていくと、生コンクリートの臭《におい》がした。村岡が立止って、ほぼその形態を整え始めた建物に眼をやると、葛木もそれにならった。新庁舎ができると、九階建ての屋上に富士山頂から送られて来る、富士山レーダーの映像を受け止める、大パラボラアンテナが取りつけられることになっていた。予算が通ったらという期待が村岡と葛木の眼を同時にそっちに向けさせたのであった。ふたりはまた歩き出した。建設現場を離れたところに、一段と明るい照明灯があった。その照明灯を背に負うと、ふたりの影が並んだ。村岡の影の方が葛木よりやや長く延びていた。 「葛木君……」  村岡はなにか云おうとしたが、それをやめて、急に寒さでも感じたように、肩をすぼめて大股で、歩き出した。  建設現場と隣り合わせて、戦前に建てられた木造二階建ての庁舎が四|棟《むね》建てられていた。その中の一棟だけに電灯が輝いていた。  二階の会議室に入った途端《とたん》、村岡は、いままでと違った空気を感じた。毎年の予算期の年の暮れに、この会議室で感ずるものとは違ったものであった。例年ならば、なにかそこに絶望的な空気が流れていた。それは部屋に入ったときにすぐ感ずるものであった。が、今年は違っていた。明るい会話が聞えた。勝田補佐官が話の中心となってしゃべっていた。大きな黒板には、大蔵省から内示された予算額がこまかい字で書いてあった。村岡が黒板に眼を向けるのと同時に、勝田が立上って 「測器課長さん、おめでとう」  と云った。勝田は相好《そうごう》を崩していた。村岡は富士山レーダーの予算が通ったのだなと思った。 「だいたい要求額に近い二億四千万円ですよ、たいしたものですな」  たいしたものですというのは、いささか勝田の自画自讃のように聞えたが、その場では|へん《ヽヽ》ではなかった。 「そうですか、通りましたか、やっぱり」  やっぱりと云ったのは、その当てがあったというやっぱりではなく、むしろ予期していたことと反対の結果がでたことに対する驚きを示すやっぱりであった。  村岡は、勝田をはじめとして彼の周囲にいる誰彼になくありがとうを云いたい気持だった。勝田が坐れと云ったが、村岡は立っていた。富士山レーダーの予算さえ通ってしまえば、あとはもうどうだっていいんだというような気持だった。 「村岡さん、雪線追従作戦ってあるんですか」  内村会計課長が椅子にかけたままで云った。 「雪線追従作戦、知らないね、なんですかそれ」 「葛木さんが、主計官の前でそう云ったんです。主計官がそれにたいへん興味を持ったようでした。つまり、富士山レーダーの工事は雪が消えるのを追うようにやらねばならないということらしいです」  内村会計課長は、黒板の前でノートに予算内示額を筆記している葛木の方へ眼をやって云った。 「葛木君の創作だよ、彼はそういう言葉を咄嵯《とつさ》に発明する天才だからね。それにしても富士山レーダーはよく通りましたね、たいへんだったでしょう」  村岡は内村会計課長の努力にむくいるような云い方をした。 「おたくには、云いませんでしたが、私は必ず通ると思っていました。今年で三年目でしょう、大蔵省は既設の気象レーダーが予想以上の活躍を示している実績から気象レーダーによる気象現況の直接把握が気象災害防止の役に立つということに気がついていたんです。あの人たちは意外とよく勉強していますからね、結局大蔵省当局が富士山レーダーの効力について充分な認識を持ったということと、もうひとつ大事なことは、これだけの予算の規模にもかかわらず先生(代議士)方がちょろつかなかったのが大蔵当局に好感を与えたということでしょうね」  内村はそう云って笑った。  村岡はこの朗報を測器課に残っている者たちに一刻もはやく知らせてやりたいと思った。  部屋に帰ると、そのことはすでに電話で伝えられていた。ストーブの上に薬罐《やかん》がかけられていた。酒のにおいがした。 「用意がいいんだな」  村岡は業務係の平山に云った。 「富士山レーダーの予算は通ると思いましたよ。三十八年度、三十九年度の二年継続事業とすると、富士山レーダー完成の年は丁度トウキョウオリンピックの年に当りますからね」  その平山のことばに富士山レーダーとは関係がないだろうと誰かが云った。笑い声が起った。さっきまでは、ストーブを囲んで、まるでお通夜のようにしていた課員たちの変り方は現金すぎて見えた。  葛木が帰って来た。平山が、各自の茶|呑《のみ》茶碗に、少々お燗《かん》のつきすぎた、薬罐の酒を注《つ》いで廻った。 「乾杯《かんぱい》といきましょうか」  平山が云った。課員は茶呑茶碗を眼よりも高くさし上げた。 「通ったはいいが、さてこれからがたいへんだ。いったいなにから先に手をつけたらいいのかな」  井川調査官はひとりごとのように云った。そのことばが、居残っていた五人の課員の浮き立っている心をいくらか押えたようだった。話はやや技術的な方向に変ったが、そう長くは、つづかなかった。 「今夜はおそいから帰ろう、まあなんとかなるさ」  それまで黙っていた葛木が云った。それが合図のように、課員は帰り支度を始めた。  葛木補佐官の机は、課長と課員との間を遮断するように置かれてあった。課長の村岡の席からは、課員の動静を見ることはできず、常に葛木補佐官の背中とやや薄くなりかけた頭しか見ることはできなかった。この席の配置は村岡が決めたものではなく、彼がこの課の課長になって来る前からこのようになっていた。  村岡は机上のものを鞄につめこみながら、葛木の方を見た。葛木は机によりかかったような恰好でなにか考えこんでいた。 「帰ろうや葛木君、富士山レーダーのことは明日にしよう」  すると葛木ははっとなったように身をおこして村岡の方へ来ようとした。だが、急に思いとどまったように、がたがたと机の上の整理を始めた。  村岡にはその夜の葛木がいつもの葛木ではないように思われた。いつもの葛木ならば、さっきのような場合、真先に発言するし、他の発言に対してうるさく干渉する男だった。その彼がまあなんとかなるさと云ったことはおかしいし、村岡に呼ばれたときの葛木がなにを考えていたかが問題のように思われた。     3  村岡は新気象庁長官に内定した波多野から新観測部長昇格の内命を与えられたとき、さすがに嬉しそうな顔をした。村岡は波多野に短い言葉で礼を述べ、そして、彼の表情は急に固くなった。村岡は新しく長官となるべき人の顔をしみじみと見た。波多野の顔は喜びに溢れていた。希望と抱負に輝いている顔だった。村岡は、波多野と同じように、新観測部長を内命された喜びをなぜ持続できないのか自分ながら不思議に思った。彼の昇格が余りにも遅きに過ぎたため、昇格の喜びと同時にそれまでの長い忍従の歴史がよみがえったのかもしれない。だが昇格がおくれているのは気象庁全般の傾向であって、彼だけが遅れているのではなかった。 「あなたが観測部長となる以上、観測部各課長の人選はあなたに一任します。特にいままであなたがやっておられた測器課長の人選はよく考えて下さい。富士山レーダーという厄介なことがありますから」  波多野の言葉に村岡は、大きくうなずいた。新観測部長の内命を受けても、有頂天に嬉しくなれないのは、いま彼の眼の前で、新長官となるべき人が云った厄介なことにあるのだと思った。富士山レーダーという厄介な仕事が、彼の昇格と同時に、その責任段階を高くして迫って来るように思われた。 「富士山となると日本中の眼が集りますから」  波多野は静かに云った。村岡は、なにか云おうとしたが、やめた。彼は、丁寧に挨拶すると波多野の部屋を出た。出てすぐ村岡は、波多野の前で、測器課長の後任は葛木以外にはいないだろうとなぜ云わなかったかを悔いた。村岡は、測器課の部屋へ帰るまでに、彼の考えについてもう一度吟味し直そうと思った。考えながら歩くと、彼は足を引きずる癖が出た。村岡はゆっくり階段をおりていった。大蔵省が富士山レーダーの予算総額二億四千万円を認めたということが、新聞、ラジオ、テレビで報道されて以来、村岡は五日間に、マスコミ関係、メーカー関係を合わせておよそ五十名の来訪を受けた。彼等は、そのレーダーが、出力二千キロワットという超大型レーダーであり、そのレーダーの探知距離は八百キロメートルに及び、しかも、東京気象庁において遠隔操縦をするという画期的構想の内容に興味を持っているのではなかった。対象が富士山だからであった。富士山の上に世界一のレーダーを設置するという、謳《うた》い文句に魅《み》せられて集って来たのである。そのレーダーが気象災害防止にいかに役立つかということより、レーダーは、いつどうして、どんなふうにどのメーカーによって作られるのだ、その完成想像図を見せてくれというような者ばかりであった。それらの人たちの中で富士山レーダーに対してもっとも強い関心を示したのはメーカーであった。儲かる仕事だからとびついて来たのではなく、富士山だから異常な関心を示したのであった。予算の内示があったばかりの段階において、うちは採算を無視しても富士山レーダーをやりたいと思っていますというような熱っぽいことばを吐く営業部員の顔を見ていると、村岡は、結局この富士山レーダーという仕事で一番苦労させられる相手は、メーカーだと思った。メーカーの選択、メーカーの指導、メーカーの監督如何がこの仕事の鍵を握っているように思われた。  村岡は葛木の傲慢にも見える風貌を思い浮べた。業者に対してひどく頭が高く、時によると相手を虫けらのように怒鳴りつける葛木の|鼻っぱしら《ヽヽヽヽヽ》の強さがこの際必要に思われた。葛木が業者に対して、そのようなきびしい態度を取るのは、あらゆる場合を考慮して、彼が業者たちの御機嫌を取る必要がないからであった。葛木章一は作家としての副職を持っていた。公務員の俸給よりはるかに多い収入を原稿によって得ていた。しばしば葛木の経済的安定感は、彼を職場において孤立させた。  それでも彼は妥協を嫌い、自論を押しとおそうとした。昇格を求めていない彼だからそれができた。葛木は気象庁内における野武士的存在であった。村岡は葛木の野武士的性格の中にかくされている、奇妙なほどの勘のよさと、葛木を大きく支配しているセンチメンタリズムの存在を理解していた。  富士山レーダーには、親分がひとり必要だった。人々を強引にひっぱっていく先導者が必要だった。葛木にはその素質があった。しかも彼は気象レーダーについて誰よりも通暁《つうぎよう》していた。  あとを継ぐべき人は葛木以外にはいない、ただひとつ、彼のセンチメンタリズムが頭を持ち上げないかぎり──村岡はそう思った。  だが葛木が測器課長を引き受けて富士山レーダーをやるかどうかは疑問だった。村岡は、予算の内示があった夜のことを思い浮べていた。葛木のことだから、その仕事を引き受ければ、必然的に小説の方は手薄になり、まかりまちがえば作家としての地位を危うくすることを充分知っているだろう。  村岡は過去二度にわたって、葛木の辞意をひるがえした。そのときの言葉は──葛木君、君がいなくなったら、ほんとうに困るのだ──。  村岡は五時を待った。五時四十五分に葛木が帰り支度を始めた。  村岡は葛木に声をかけて、彼の机のそばに呼んだ。課員はまだ半数は残っていた。 「一緒に帰ろう」  村岡は葛木を誘って外へ出た。錦町の橋の上に橋ができかかっていた。高速道路一号線であった。その橋が光をさえぎって、そこは、ほとんど顔も見えないほどに暗かった。 「測器課長を引き受けて貰いたいんだ」  村岡は結論から先に云ってから、観測部長の内命を受けたことを明らかにした。 「富士山をやれって云うんですね」  ふたりは立止って外濠に眼をおとした。流れは止っているように見えた。東京湾と通じている外濠は、潮の流れによって上下した。およそ潮とは縁のない、黒い腐敗《ふはい》した水だったが、海の支配は受けていた。 「なにかそんな予感がしていたんです。だが、富士山をやるとなると三年はかかる。富士山は大仕事だ。その責任者になれば、おそらく小説を書く暇がなくなる。そうなると、作家としての名は忘れられてしまうかもしれない」  葛木は黒い水に向って云った。 「三年書かないで忘れられてしまうような名前だったら、なにもそうおしむことはなかろう」  そのことばで葛木は反射的に村岡の方へ向きをかえた。怒っていることは確かだったが、その顔つきは暗くてよく分らなかった。 「な、葛木君、引き受けてくれないか、人間一生にひとつ大きな仕事をやればいい。その仕事をおれはしたいんだ。それは君の協力なくしてはできないのだ、な、たのむ」  村岡は葛木の感傷を揺さぶりながら或る種の感傷に襲われている自分を見つめていた。     4  葛木章一は暮れから正月にかけて八十枚の小説を書く予定でいた。彼はそれまで予定を立てると、特別な事情がないかぎり予定どおりの仕事をした。一日に何枚と割当て、更にそれを午前と午後に割りふった。そうしないと気がすまない性格であった。スケジュールがきまると、安心してペンが取れた。スケジュールによる新しい仕事は十二月二十八日の夜から始められることになっていた。その日が官庁御用じまいであった。  夕食が終ると彼は二階の書斎に上り原稿用紙に向った。資料はすべて揃っていた。テーマも人物の性格も背景も、最後の一枚になにを書くべきかもほぼ頭の中でまとまっていた。あとはそれを紙に書くだけのことであった。葛木はペンを取った。書き出しの一行が出て来なかった。書いてもそのあとが続かず、消した。書き出しの一行に失敗すると、その原稿を丸めて、なるべく遠くに投げた。彼の原稿用紙は、特別に注文印刷した、厚めの原稿用紙だった。丸めるとばりばりと大きな音を立てた。その音を聞いていると、書き出しの構想の転換ができた。たいていの場合、原稿用紙の玉は三つも作ればよかった。  だが、その夜は、三つ丸めても四つ丸めてもだめだった。書き出しはせいぜい二行か三行でとまり、そこでペンは停止した。頭とペンとをつないでいるパイプのどこかに大きな夾《きよう》雑物が入りこんだ感じだった。彼は二階から茶の間におりていった。テレビを入れて、チャンネル切替えのスイッチをやけに廻した。見たいような番組はなかった。  彼は茶の間から応接間に入った。電灯は消したままにして、ソファーによりかかった。  妻は台所で正月料理の準備でもしているらしかった。子供たちはそれぞれ自分の部屋に引っこんでいた。彼は、もう一度、ていねいに筋を考え直した。筋に矛盾はなかった。三十分たった。その間一度妻が茶の間を覗く気配がした。一時間たった。 「さっき確かにおりて来たようだったが」  妻のしげがつぶやいている声がした。  葛木は小説のことは考えてはいなかった。小説の筋を考えているつもりで富士山レーダーのことを考えていた。課長を引き受けて富士山レーダー建設のプロデューサーをやるか、それとも、今年度いっぱいで気象庁を辞めて、執筆に専念するかどうかを考えつづけていた。 「ここにいたの」  しげが応接間の電灯をつけた。まぶしかった。彼は手で光をさえぎった。しげは葛木の顔を見て彼がなにを考えているのか一眼で見て取ったようだった。 「いまさら迷うことなんかないでしょう、辞めたらいいでしょう。だいたいあなたって人は人がいいのよ、君でなければ富士山のレーダーはできないなどとおだてられると、ついその気になって……それでは歌の文句と同じじゃあないかしら、安っぽい歌よ、下司《げす》な歌よ、大嫌いよ、文句もメロディーもそれを歌う人間も──」  しげは電灯のスイッチを切って茶の間に消えた。  一月二日の午後、例年のとおり松谷がやって来た。一年に一度だけその日に限って松谷がやって来ることは、ここ十数年来の習慣だった。葛木と松谷は終戦前から知り合っていた。葛木が満洲国観象台にいた当時、松谷は建国大学の学生であった。それ以来のつき合いだった。松谷は出版社に勤務していた。 「どうかね、さっきの答えは」  葛木は松谷のコップにウイスキーをついでやりながら云った。 「もう少し頭に潤滑油が廻らないと、いい答えはできませんね」  松谷はかなり飲んでいた。これ以上飲むと、彼ははだかになって、彼の胸に残された刀傷を見せるだろう。 「ぼくはねえ葛木さん、満洲国のためなら、関東軍の軍司令官だって殺してもいいと思っていたんですよ」  はだかになると彼は必ずそれを云って、そして泣き出すのである。それでおしまいだった。  松谷の唇が赤く光っていた。彼は膝を開いて、くずして、椅子から前に乗り出すようにして、小皿に盛った彼の好物の蜂の子に箸をつけようとしたが、その箸を捨てるように置くと、突然叫ぶように云った。 「おやじがね、死ぬ少し前に、おれは、お前に自慢できるような仕事はひとつもやらずに終ってしまいそうだと云ったことを、いまふと思い出しましたよ。この世に生れて来た以上、なんでもいいからこれこそおれがやったと自負できるような仕事をして見たいものですね」 「富士山をやれと云うのかね」 「いやけっしてすすめているのではありません。だがあなたは少々警戒しすぎているんじゃあないかな。二年間の小説の方のブランクなんか別に心配する必要ないと思うな。そのときになったら二年間のブランクを埋めるものを書けばいいでしょう。それに、その二年間だって全然、書けないということではない、少くとも現在書いている枚数の三分の一は書けるはずです。なにかにちょいちょい名前を出してさえいたら忘れられるということはまずないでしょう」  松谷はふらふらと立上った。  その夜おそく雨になった。一晩中風雨が雨戸を鳴らして、明け方近くになって雨は上った。  その朝彼はいつもより早く起きた。勝手口から庭に廻ると、庭の木の枝に澄明《ちようめい》な氷がついていた。明け方に氷雨《ひさめ》が降ったのだ。彼は空を見上げた。一年の間に、幾日とは見られない青空だった。彼は二階の書斎の雨戸を開けた。  富士山の白い全容が見えた。朝日を受けて浮き出すように輝いていた。彼は窓側に椅子を持ち出して、双眼鏡を眼に当てた。ピントを頂上に合わせると、なにか光るものがあった。富士山の頂上を形成する岩峰に附着した氷塊から反射して来る光線であることは確かだった。鋭いきらめきはそう長くは続かなかった。二分ほども経過すると、輝きは宝石でも砕いたように散乱し、太陽の光度が上るとともに消えた。  彼は双眼鏡を富士山の頂上に当てながら、頭の中で、頂上の地形を描いていた。富士山測候所に勤めていたころ、剣蜂から東京の灯が見えたから、吉祥寺の彼の家からも剣峰の先端は見えるわけである。ましてや、その頂上に高さ十五メートルのレーダー観測塔が出来たら、二階の窓から、少くとも、レーダー観測塔の最上部のレーダードームが見えない筈はないと思った。  百キロメートル離れているからその形は見えないにしても、朝日、夕日を反射した瞬間はさっき見たきらめき以上のものを彼の双眼鏡がとらえるに違いないと思った。  富士山が見えるところに家を建てたいと願って彼はこの地に居をかまえた。そして、おそらく彼は死ぬまで、富士山のよく見える日には双眼鏡を富士山に向けるだろう。  葛木は富士山頂のレーダードームのその白い輝きを見たような気がした。二年後にまさしくそこに発生するに違いない白い輝きは、彼の書斎の窓からばかりでなく、いたるところで彼の心に映るに違いない。彼がその仕事を引き受けるにしろ、逃げたにしろ、白い輝きは決して顔をそむけないだろう。もし逃げたなら、逃げたという悔恨は富士山を見るたびに彼を責めるだろう。富士山の見える日に、富士山の見えるところで富士山に眼をやることのできない姿はあまりにもみじめであった。  葛木は、双眼鏡を膝の上に置いた。  富士山から眼をそむけることのできない以上、富士山レーダーから逃げることはできないと思った。  葛木は結論らしいものを発見したような気がした。理由づけができたという感じだった。きわめて簡単なことだった。富士山という日本の象徴に結局は無条件降伏したまでのことであった。だが、彼には、そのときはそれで立派な理由に考えられた。彼は階段をおりていった。気が変ることがおそろしかった。決めてしまいたかった。これ以上この問題で苦しみたくなかった。彼は電話機の前に立った。もう一度考え直すことはないだろうか、──その気持をはねのけてかなり乱暴にダイヤルを廻した。 「おはよう、今朝は富士山がよく見えるね」  村岡の明るい声が聞えた。村岡の公務員宿舎は四谷にあった。彼もまたその屋上から富士山を眺めて、丁度部屋へ戻ったところだった。 「課長を引き受けます。富士山レーダーをやらせていただきます」  葛木は結論を先に云った。  妻が起き上る気配がした。もう取りかえしはつかないのだ。彼は妻に背を向けた。     5 「どうやら、ぼくが観測部長になり君が測器課長になるということを、レーダー業者たちがいちはやく嗅ぎつけたらしい。こういうことは部内より部外の方が敏感だということもあるが、やはり、富士山レーダーという大物があるからだろうな」  村岡が葛木に云った。 「どうせ分ることなら、はやく知れたほうがいいですよ。むしろ、こんどの場合は、そういう彼等の動きを利用した方がいいかもしれない」  葛木は村岡のうしろの壁に掛けてあるカレンダーに眼をやった。一月は半ばを過ぎていた。 「というと、彼等になにか具体的な発表でもしようというのかね」 「そうなんです。富士山レーダーはやることに決っていることです。それについての心構えのようなことをまず彼等に云っておくべきだと思います」  葛木は彼の席につくと、眉の間に皺を寄せて、なにか書いていたが、三十分ほどすると立上って、それを村岡の机上に置いて云った。 「これだけのことは云って置いた方がいいのだと思います。なにかつけ加えることがあったらお願いします」  村岡は葛木の顔をちょっと見上げたが、すぐ葛木が書いて来た箇条書きを読み出した。葛木は、その村岡の顔を横目で見ながら、村岡の机上の電話機を取って、武蔵野《むさしの》電気、相模《さがみ》無線、摂津《せつつ》電機の営業課へ電話を掛けた。  午後一時半になると、三社の営業課員が測器課に集った。  測器課の会議室は独立してはいなかった。部屋の一隅に会議用のテーブルと椅子を置き、大きな黒板が壁にかかっていた。 「じゃあ読み上げます。一応聞いて充分理解してからメモして下さい」  葛木はそこに集ったレーダー関係会社の営業課員十人ほどを前にして、ゆっくり読み出した。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] 1、いかなる理由があろうとも、富士山レーダーの入札前に気象庁測器課員の自宅を訪問することをやめて貰いたい。 2、いかなる理由があろうが、富士山レーダーの入札前に気象庁測器課員を気象庁以外に連れだして話をすることをやめて貰いたい。 3、外部勢力、たとえば大臣、代議士、運輸省高官、気象庁の上層部その他の力を利用して、富士山レーダー受注に有利な立場を得ようとする行為はやめて貰いたい。 4、以上各項のうちひとつでもその事実があった場合、その会社は富士山レーダーの入札権を失ったものと考えること。 [#ここで字下げ終わり]  葛木はそれを繰り返して読み上げた。 「いつもながら、ずいぶんとおかたいことですな」  摂津電機の営業課長の小野田が云った。その一言でやや緊張《きんちよう》がほぐされた。 「はったりだと解釈されるならばそれで結構です。だが私はこれをやります。私はいかなる勢力にも屈しません」  葛木は摂津電機の小野田営業課長を睨みつけて云った。この男がもっとも手ごわい敵だと思った。  小野田のうしろに坐っている摂津電機の神津営業課員が、葛木の視線を受けると、小野田の代理のように下を向いた。 「では技術問題にうつります」  葛木は前よりも声を高くした。 [#ここから1字下げ、折り返して2字下げ] 1、来週早々、各社の技術者に集っていただいて、気象庁側から富士山レーダーについて仕様の細部を説明する。 2、各会社は受注した場合を予想して、一カ月以内に工程の概要と、機械の内部方式構想案を或る程度のデータを添えて提出する。 3、気象庁側は各社の構想案を充分検討した上で、正式発注仕様書を作成する。 4、新年度早々に、その仕様書によって競争入札を実施したい。 [#ここで字下げ終わり] 「問題はその第三項ですね。──上手な答案を書いた会社の構想案が正式仕様書に取りこまれるということになれば、事実上、三月末に富士山レーダーの本命決定ということですね」  武蔵野電気の岡田営業課長は、別に恐縮する必要もないのに、やたらに、頭をぺこぺこさげながら云った。 「本命決定は飽くまで競争入札によるものであって、いま私の云ったこととは関係はありません」  葛木は、口ではそうは云いながら、内心では、岡田が云うように、その答案によって、事実上の本命を決めようと思っていた。その宿題を与えることによって、業者は本気になって技術検討を始めるだろうし、その答案の内容を見れば、三社が、どれだけ、富士山レーダーについて熱を入れているかが分る。そこに富士山を対象としての技術差が出て来るに違いない。 「これはたいへんなことだと思います」  相模無線の植松営業課長が云った。 「なにがたいへんなんだね」 「その答案によって本命が決るということがです。その考え方がです」 「だから、本命決定は、飽くまでも、会計法による競争入札だと云っているでしょう。いままで私が云ったことはすべて、技術的な問題であって、本命決定をどうするこうするの問題ではありません」  しかし、業者たちは、葛木の発言の裏をはっきり読んでいるようであった。  彼等は、すぐには部屋から出ては行かずに、それぞれ分散して、測器課員のテーブルの近くにいって、情報を得ようとしているようだった。なにかあったのですかと、三社は三社とも、他社の動きを警戒しているようであった。そして彼等は帰りがけに 「わが社は、社名にかけても今度の仕事はやらせていただきます、利益は問題じゃないんです。赤字だっていいですよ、とにかく富士山レーダーをやることは日本一の仕事をすることになるのですから」  彼等は申し合わせたように同じことを云って出ていった。     6  多摩電気の営業課長代理堂本幸吉はしばしば不遜にも見えるほどの態度を示す男であった。多摩電気という大会社を背負っての上のおしの強さであった。堂本幸吉が狙ったものは必ず、入札の場において落すという噂があった。葛木はその堂本をひどく毛嫌っていた。堂本の潜行的行動についてとかくの風評がついて廻っていた。  戦後、レーダーの製造はアメリカ軍によって禁止された。だが、気象庁の研究所では大平技官が中心となって、そのころ既に大気散乱の研究と称して、ひそかに気象レーダーの研究をつづけていた。レーダー製造禁止が解除されたのは昭和二十六年の十一月であった。  気象庁はさっそく気象レーダーを予算に計上した。昭和二十八年、その予算は通過した。レーダーの将来のためには、日本のメーカーに作らせるべきだという方針のもとに、気象庁は業者の選定に当った。当時、測器課長であった佐沼と補佐官の葛木は、大きなメーカーの技術陣をつぎつぎと訪問して、レーダーの製作に協力を依頼した。それは試作同様な仕事であった。気象庁が毎年一個ずつ注文したところで、採算《さいさん》の取れる仕事ではなかった。通信機メーカーはまだ戦後の泥沼から立上ってはいなかった。多くの会社はそっぽを向いた。武蔵野電気、相模無線、摂津電機の三社がこの仕事に参加することを受諾した。佐沼と葛木はこの三社よりも多摩電気に希望をつないでいた。この会社は戦後もっとも早期に復活した通信機メーカーであった。ふたりは技術陣の首脳部を訪ねて辞を低くしてレーダー製造をたのみこんだ。一カ月あまりたって、技師長から呼出しがあった。残念ながらわが社ではお引き受けできません。つめたい回答であった。入札は武蔵野電気、相模無線、摂津電機の三社によってなされることになった。入札を前にして佐沼は六カ月間の予定で海外出張した。葛木は課長代理として、気象レーダー一号機製造の責任を負わされた。  暑くなってから入札説明会が行われた。  技術担当課が推薦した指名会社を呼んで、官側から仕様書の公式説明をする会であった。技術内容の説明が終ると会計課員によって入札方法が指示された。入札はそれから通常一週間後であった。  葛木はこの席上ではじめて堂本を見たのである。レーダー製作を技師長が正式に拒否した多摩電気が入札に参加しようとしていたのであった。その意図は全く不明であった。葛木は会計課長を廊下に呼んで、その不信行為をせめた。指名会社は合議文書によってきめたものであった。 「上の方からのお声がかりだからどうにもなりません、堂本さんは上の方には顔が効きますからね」  会計課長は頭をさげた。  入札の結果、多摩電気は落札できなかったが、そのとき以来十年間葛木は堂本を警戒し、多摩電気を気象レーダーの指名業者にすることを拒否しつづけた。気象レーダーのメーカーは三社あればいい。それ以上専門メーカーを増すことは、過当《かとう》競争を招き、結局技術の低下になるというのが葛木の信念だった。 「今年もまたやって来ましたね」  葛木は堂本と彼がつれて来た多摩電気の技術者の顔ぶれを見て云った。 「今度こそ入札に参加させていただきたいと思いまして」 「富士山だからというんですか」 「いやそうではないんです。あれ以来十年間、うちは一度もまだ気象レーダーの入札に参加を許されていません。もうそろそろ、|おいかり《ヽヽヽヽ》を解いていただいてもいいころだと思いますが」 「私情は私情、公情は公情です。あなたの会社は気象レーダーを作った経験はない。他の三社は、少くとも五つ以上は製作しているし外国にも輸出している。経験のない会社に発注はできませんね」  葛木は、同じことをこの十年間、毎年堂本を相手に云っていた。 「気象レーダーは作ってはいませんが、うちでは航空用のレーダーは作っています、同じレーダーじゃあありませんか」 「レーダーでも、内容はかなり違う。気象レーダーには気象レーダーとしての特色がある」 「その特色、つまり富士山レーダーの概略仕様をお聞かせ願いたいと思いまして技術者をつれて参ったのですが」 「うちはいまいそがしいんです。発注するつもりもない会社に仕様の内容を説明する余裕はございません」 「本気ですか葛木さん、本気でそう云っておられるんですか」  堂本は怒気を顔に表わして云った。その顔が葛木には鏡で見る自分の顔に見えた。 「本気だとも。用があったら、こっちが呼びます。今後富士山レーダーについては来て貰いたくありませんね」  葛木は席を立った。 「葛木君、えらく景気よくぽんぽんやっつけたじゃあないか」  村岡が不安そうな顔で云った。 「はっきりとあきらめさせた方がいいんです。富士山はひとつ、レーダーもひとつ、作る会社も一つです。気象レーダー三社のうちから二社をふりおとすときは、もっとたいへんなことになるでしょう」 「だが、多摩電気はあきらめるだろうか」 「技術者はそれほど熱心ではありません、彼等の眼を見れば分ります。だが堂本はあきらめないでしょうね、彼はきっとなにかの手を使って巻きかえしに出て来るでしょう、今度はいままでと違って富士山だから、やすやすとは退かないでしょう」  葛木は部屋の隅の水道の栓をひねった。白濁した水が出た。新庁舎の工事中だから、水道管を傷つけられたらしい。めずらしいことではなかった。 「またか──」  葛木は肩をふりふり部屋を出ていこうとした。村岡が呼び止めた。 「堂本は総務部関係へ行って、泣きつくだろう。機械発注ということは技術部だけでできるものではない。まして、富士山という大仕事になると、向うと気心を合わせないとどうにもならないだろうからな」  村岡は向う、と云って二階建て庁舎の方へ眼をやった。 「なにか、うまい方法はありませんか」 「次長(気象庁副長官)を抱きこむことだな、伊佐山次長は分る人だよ」  葛木と村岡は視線をからませていた。葛木は村岡がなにを云おうとしているかよく分った。葛木はその足で会計課長室へ行った。内村会計課長は総務部長室に呼ばれていた。そこに堂本がいた。堂本は葛木の姿を見るとすぐ部屋を出ていった。 「かなりきついことを云ったようですね」  阿部総務部長は大きな声でそう云うと、葛木に椅子を示した。 「これからがたいへんなんです。業者の云うことをいちいち聞いていたら、富士山レーダーはできません。業者の方はまあいいとして、気象庁部内の連絡をもう少し早くできるようにしたいものですね」  葛木はたいへん困ったような顔をした。 「葛木さん、連絡会みたようなものを作ったらどうでしょうか」  内村会計課長が云った。 「連絡会じゃあ小さすぎる。富士山レーダー建設委員会というようなものを作ったらどうかな」  阿部総務部長が云った。 「さんせいですね、部長に委員長になっていただきましょうか」  葛木はすかさず云った。 「いや、各部の部長の上に立つものだから次長がいい。早速、次長にお話ししよう」  伊佐山次長は阿部総務部長の話を黙って聞き終ってから葛木に云った。 「富士山レーダー建設について一番必要なものはなんだね」  葛木はそのときはじめて伊佐山次長と正対した。全体的に顔が大きく頭髪が薄かった。  四十八歳には見えなかった。 「時間です。富士山は一年に四十日しか働けません。だから雪解けを待ってすぐ仕事にかかるような万全の準備をしておかねばなりません。あらゆる困難を突破して、四月中に入札に持ちこむことが必要です。そうしないと、何年かかっても富士山レーダーは、絵に描いた餅でおわるでしょう」  葛木は伊佐山次長の反応を見た。ちょっと眼が動いただけだった。 「技術的には間に合いますか」 「間に合います。間に合わせます。そのスケジュールで作業をすすめています」 「では総務部関係と、技術部門と歩調を合わせることだな。富士山レーダー委員会を作ってもいいが、船頭が多すぎることにはならないかね」  それに対して、内村と阿部が同時に口をさしはさもうとしたのを葛木はさえぎるように云った。 「委員会は絶対必要です。私はこの案を考え出した会計課長と総務部長に敬意を表したいくらいです」  阿部はちょっと|へん《ヽヽ》な顔をしたが、なにも云わなかった。 「一等はじめになにをやるつもりかね」  伊佐山次長はやや声を高くして葛木に訊《たず》ねた。 「今度設置される富士山レーダーというものは、いかなる内容のものか、そして富士山とはどんなところか、誰にでも分るように説明したいと思います。まず全|貌《ぼう》を説明して問題を挙げ、その処置を合議したいと思います」  次長は大きくうなずいて、阿部総務部長に云った。 「はやいほどいいだろう」  葛木はその結果を村岡に知らせるために走った。     7  その朝葛木章一は七時に眼を覚した。いつもより三十分はやかった。なにか重要な会議があるときは、きまっていつもよりはやく眼が覚めるのである。 「眼が覚めたら、起きて、サボテンを庭に出してやってよ」  妻のしげが云った。  サボテンの鉢は大小合わせて十ほどもあった。しげは、そのサボテンの鉢を、朝夕出し入れしているのである。 「こんな面倒なことをせず、温室を作ればいいじゃあないか」  葛木はぶつぶつ云いながら、鉢を庭に運んだ。最後に運び出したカニバサボテンの長く延びた葉のトゲが、葛木の右腕を刺した。  その朝の技術|検討《けんとう》会は、初めっから熱気を帯びていた。問題点が富士山レーダー建設の核心《かくしん》に触れて来たからであった。  会が始まって、ものの十分か十五分たったところで葛木は、衝撃的な質問を受けて立往生した。彼は腕を組んで黙りこんだ。その質問は彼の虚を衝《つ》いていた。彼を含めて、官側の杜撰《ずさん》な調査の盲点を衝いていた。レーダー製造会社の技術者を交えた富士山レーダーの技術検討会の席上で、富士山頂の地盤調査の資料と、富士山剣峰の頂上と東京気象庁の視通テストのデータの提出を求められたのである。剣峰に富士山観測所が出来たのは昭和十年だった。ボーリングして岩盤を調査するほど大がかりな工事ではなかった。自然の岩層壁によりかかるように作られた木造平屋であった。今回は、直径九メートル高さ十五メートルの鉄骨ドームで、富士山頂を形成する岩頭よりはるかに高く突出しているから、かなり根がしっかりしていないと吹きとばされるおそれがあった。剣峰と東京との見とおしについては、葛木を含めた富士山測候所(昭和二十五年以降の呼称)勤務の経験ある者が口にしていた、剣峰から東京の灯はよく見えるという概念をそのまま信じていたのである。  たしかに剣峰から東京方面の灯は見えたが、その灯の中に気象庁が包含されているかどうか確かめた者はなかった。五万分の一で計算すると、富士山頂剣峰と噴火口をへだてて反対側にある伊豆岳が東京方面の視通をかなり広い範囲でさえぎっていた。  岩盤調査の結果レーダー観測塔建設不可能と分ったら予算を返上するか、計画を練り直さねばならなかった。剣峰と東京との視通がないとすれば、箱根山あたりに中継点を作らねばならない。中継所の予算は取ってはいなかった。中継所を作るとすればそれだけに一億円はかかることになる。そうなると予算不足で、東京気象庁で富士山のレーダーを自動遠隔操縦するということは困難になる。そうなれば、富士山レーダーができても利用価値はなくなるのである。  葛木は摂津電機の梅原技師にこの二点について突込まれたとき、回答につまった。梅原は大きな眼で葛木を睨んで云った。 「一番大事なことじゃないですか」  それは、技術者としての良心を問われたと同じことであった。ひとたび技術的な問題になると官も民もなかった。梅原は追及の手をゆるめなかった。技術的な論議はその二点を残して終った。至急調査すると葛木が回答したので梅原は追及をやめた。  視通調査は富士山測候所と連絡すればできないことはなかったが、厳冬の富士山頂にボーリング機械を持ち上げての地盤調査は困難に思われた。引き受ける会社があるかどうかも分らないし、いまさら、その調査費を出せと会計課に頭をさげられる問題ではなかった。すべて富士山レーダーの計画を建てた原局、測器課のミスであった。 「ちょっと葛木さんお話ししたいことがあるのですが」  摂津電機の営業課の神津がうしろから椅子を引きよせて来て葛木の耳元で云った。葛木は顔を上げた。測器課の内部にちらばっている、業者の姿が漠然と見えた。彼等はいっせいに葛木と、葛木に接近しつつある神津の方へ眼をやって、そしてなにげなくそらした。 「富士山頂の一月というと、普通の人では登れませんか、たとえばぼくはどうでしょうか」 「装備さえしっかりして、案内人がついているならきみだって登れるよ、どうかしたのか」  だが、神津はそれには答えず、更に葛木の耳に口をよせて云った。 「うちの会社には山岳部があります。山岳部のキャプテンは技術屋です。山岳部を主体として調査隊を派遣したいと思いますが、よろしいでしょうか」  神津は葛木の顔をみながらおずおずと口を利《き》く男だった。その彼が常になく、はっきりした意思表示をしたのは意外だった。 「気象庁のやるべきことを、まだ契約もしてない会社がやるというのかね」 「気象庁は勝手に調査をおやりになればいいでしょう。わが社はその結果を待ってはおられません。二月いっぱいに答案を出すためには、明日にでも現地調査に行きたいと思っています。それで、葛木さんにひとつお願いがあるのですが、このことを他の会社に云わないでおいていただけませんか。他の会社が別々にやるとなると、大勢の人が山へ登ることになり、富士山測候所が迷惑するでしょう。それにこの調査は三社がやる必要はありません。わが社のデータは他の二社にそのまま知らせることをお約束いたします」  神津にしては強すぎる発言であった。 「そうして貰うとほんとうはこっちも助かるのだ」  葛木は思わず本音を吐いた。すぐ村岡に相談しようと思ったが、村岡は席にいなかった。 「ぼくの責任で許可しよう。登るならはやいほうがいい。天気がくずれる前に登ったほうがいい」  それを聞くと神津ははや足で出ていった。  葛木は補佐官であったが、既に補佐官の域を脱したことをやりつつあった。このようなことは当然村岡と相談して決めるべきであった。だが葛木は独断でそれを決めた。責任は自分が取ると自分に云いきかせながら、富士山レーダーという熱病にかかりつつある自分がよく分った。このごろ小説の方はほとんど書いていなかった。書く気もしなかった。それまで、原稿を依頼された場合、断わることにひどく神経を使っていた彼とも思われないほどあっさりと原稿の依頼を断わった。  その夜、おそくなって富士山測候所御殿場事務所から、葛木の自宅に電話があった。摂津電機山岳部の先遣隊が御殿場に到着したのである。富士山測候所は、その扱いについて指示を求めた。葛木は、視通テストと地盤調査の重要性を説明し、協力を依頼した。  摂津電機山岳部は三隊に分れて三日間にわたって登山した。地盤の調査はすぐに取掛ることができたが、視通試験は東京のスモッグにわざわいされて連日不成功に終った。  夜間、富士山測候所の屋上で、時間を定めてマグネシウムフライヤーを燃やして、その閃光《せんこう》を気象庁の時計台の屋上から望遠鏡で観測するという方法であった。  測器課員は交替で居残りをした。富士山頂と気象庁時計台間は携帯無線電話で連絡を取った。五日目に低気圧が来て、スモッグを吹きとばした。そして、その夜、十時ジャスト、深田調査官の望遠鏡は見事に、富士山頂における閃光をとらえたのである。  深田調査官と並んで、三台の望遠鏡が、富士山頂の剣峰の方向に向けられ、それぞれ一人ずつ取りついていた。  十時ジャスト、深田調査官は眼鏡の片隅に発光を感じた。彼は、その発光源の方へ望遠鏡を動かそうとした。だが、その前に、それまで、眼鏡の底にうつっていた五つの星が同時に消え、星よりも更に明るい星が、その限られた、丸い眼鏡の世界の中に侵入した。彗星《すいせい》が突然現われたような感じだった。彗星のように、こまかい発光点の密集したものだったが、彗星とは違ってそれは、ひどく能動的な輝きを持ち、しかも急速に動いていた。それは動く光芒《こうぼう》であった。それまで、望遠鏡の端にとらえていた星が、突然、流星となったようであった。光芒は、青い輝きを持っていた。星が息をするように光芒も息をしていた。光芒は眼鏡の中央を斜めに横切って消えた。一瞬のできごとであった。  そのとき富士山頂は風速四十五メートルであった。マグネシウムフライヤーに点火すると、一瞬富士山頂は真昼のように明るくなった。そのときの強風がマグネシウムの閃光を光芒に変えた。光芒は数メートル流れて消えた。深田調査官はそれをとらえたのであった。  視通テストは終った。中継所の必要はなくなった。ボーリングはできなかったが、外観的な岩盤調査の結果は、持ちかえられた。心配になるような悪条件はなにひとつとして発見されなかった。摂津電機が山岳部を主体として富士山頂に登ったことは他の二社にショックを与えた。他の二社も山岳部を主体として現地調査を申し出た。  葛木は他の二社の登山を許可しなかった。摂津電機の資料を二社にも与えることを約束して思いとどまらせた。入札前に富士登山競争をやって、事故が発生した場合をおそれたのであった。摂津電機の山岳部員が日焼けして帰って来た翌日、関係三会社の技術者を交えた現地調査報告会が聞かれた。摂津電機の営業課長の小野田が司会を引き受けた。摂津電機が他の二社より一歩前に出たという印象は明瞭だった。 「実はうちだって同じことを考えて、ちゃんと書類を出して置いたんです。だが、だめなんです。うちの会社は、ハンコを二十も貰わないと許可はおりない」  相模無線の内田営業課員は残念そうに云った。そのハンコの数が葛木には気に入らなかった。  葛木の乗っている自動車が電波庁の玄関にかかろうとしているとき、堂本が乗った自動車が出ていった。葛木はエレベーターには乗らず、彼の課の電波庁担当の岩元係長と肩を並べて広い階段を三階まで登っていった。  陸上課は人と机と書類棚でいっぱいで、外部から来た者が坐る余地はないようだったが、各係官の机の脇には、必ず二、三人の外来者がより添うようにして話しこんでいた。岩元が関係官に挨拶《あいさつ》して廻った。一応挨拶が終ると、入口に捨てるように置いてあった、腸《はらわた》のとび出した椅子を引きずってきて葛木を坐らせて、岩元は葛木のそばに立ったままで応接順番を待った。  葛木はこの十数年来ほとんど変っていない机の配列を見た。窓を背にして、陸上課長が坐り、その両脇に、技術補佐官、事務補佐官、調査官の順序に並んでいた。各役職専門官の前には向い合ってテーブルが並んでいた。係長は役職専門官にもっとも近いところにいた。  窓を背にしてのその幹部の配列は、甲州流の武者ぞなえに似ていた。その幹部の顔ぶれは頻繁《ひんぱん》に交替した。窓を背にした雛壇《ひなだん》に坐るようになると、普通一年、長くて二年の間には、民間会社の重役の席に引き抜かれていくのだという噂があった。  葛木は十年ほど前、その雛壇に坐っていた事務補佐官にいためつけられたことを思い出していた。  十年前の秋だった。葛木はレーダーの波長割当の申請書類を持って来た。書類を事務系統のレールに乗せてから、内容について事務補佐官の了解を得て帰ろうと思っていた。彼は、書類を担当係官に提出してから、客と応対している事務補佐官のあくのを待った。課長を間に挾んで雛壇に坐っている、技術補佐官が葛木を見かけて、なんの用に来たのかと訊いた。ふたりは顔見知りであった。  葛木は用件の大略を話した。事務補佐官に話す前に技術補佐官に話したことが事務補佐官の忌諱《きい》に触れた。葛木が事務補佐官の前に坐ると、彼はひとこと云った。 「あなたは何年役所勤めをしましたか」  官庁機構を無視したという叱責であった。  電波割当の申請書類はその事務補佐官のテーブルの上に長いこと下積みにされた。  十年経つと人は変った。現在はそのような狭量な事務官はいなかったが、机の配置は以前と同じだった。  葛木は旧|逓《てい》信省的縄張り主義に極度に神経を使っていた。岩元は、その点よく心得ていた。彼は腰が低く相手に好感が持たれていた。係員、係長の線をよくまとめていた。そして交渉段階が補佐官、課長の線まで来ると葛木をつれて来た。  窓からは濁った空しか見えなかった。  葛木は、この狸穴《まみあな》の電波庁の敷地が大名の下屋敷であったことを古地図の上で確かめたことを思い出した。ここで演じられた暗いドラマを四、五十枚の短篇時代小説に書こうとしたときのことだった。 「唐木《からき》さんが見えられたようです」  岩元はそう云うと、背をかがめながら、唐木補佐官の近くにいる係長のところへ、うかがいを立てにいった。係長が立上って唐木になにか云った。唐木は会議から戻ったばかりのようだった。手に書類綴りを持っていた。またどこかに出ていきそうな気配だった。  唐木が大きくうなずいて、葛木の方へ向って手を振った。丸い顔が笑っていた。 「たいへんでしょうね、富士山レーダーは。周波数割当の承認は至急出すようにいたします、もう少し待って下さい」  唐木の方からそう云われると葛木はもうなにも云うことはなかった。この若い技術補佐官は、すごく呑みこみがよかった。 「三月中にはいただきたいのですが、そうしないと四月に発注はできません。ほかと違って富士山は──」 「わかっています、ぼくも富士山に登ったことがあります。富士山がどんな山だか少々知っているつもりです」  唐木はそう云うと、第五係長の芳野を呼んで、手続きをいそぐように云うと、書類を持って部屋を出ていった。  第五係長芳野の顔を葛木は知らなかった。名刺を交換しながら、いそがせてすみませんとか、なにぶん富士山ですからとか云ってなんども頭を下げた。許可権を持つ官庁では頭を下げる以外に手段はなかった。同じ官庁だという意識は通用しなかった。  芳野は丁度空いたばかりの椅子を葛木にすすめた。向い合うと、文字通り膝を交えるほどの狭さだった。 「申請書を読みましたが、ものすごくたいへんな仕事なんですね、とても一社では無理なような仕事ではないですか、分割発注されるんですって?」 「いやそれはやらないつもりです。たいへんな仕事だからこそ、命令系統は一つ──一社でないといけないんだと思っています」 「すると、これは……」  芳野は机上に置いてあった業界新聞を取って葛木に渡した。 「気象庁富士山レーダー分割発注か」  そういう見出しであった。富士山気象レーダーはあまりにも大きな仕事だから、数社による分割受注となるだろうと書いてあった。機械の構造概要の説明には誤りがなかった。 「根も葉もないデマです。気象庁はこんなことを発表したことはありません」 「でも、一社では無理だろうということが私にはなんとなく分りますよ。富士山という大仕事をなにからなにまで一社でやるのは無理だ」  葛木はその芳野係長の浅黒い顔をどこかで見た顔だと思った。電波庁の建物の中のどこかで見た顔だと、頭の中で探しているうちに、十年前の浅黒い顔の事務補佐官とつながった。書類を押えられたために、レーダー取りつけが半年もおくれたことを思い出した。葛木は黙って頭をさげていた。発言しないほうがいい、うなずいていることは相手の意見を聞いてやっていることなのだ、さからってはいけないと思った。  葛木が電波庁の玄関を出たとき、客を乗せて来たタクシーが止った。葛木はそのタクシーに乗った。自動車が滑り出すと同時に、葛木はさっきここから出ていった堂本の顔を思い出した。電波関係の業界紙は数紙あった。富士山レーダー分割入札のアドバルーンを業界紙にかかげさせた会社があったとすれば──。葛木は芳野第五技術係長の顔と堂本の顔とを並べて考えた。     8  伊佐山次長を委員長とする富士山レーダー建設委員会は順調に会合を重ねていた。富士山レーダーに関係する三部、八課、一所(富士山測候所)の代表者が集った。  葛木はこの会の運営について村岡の指図によって伊佐山次長と事前に連絡した。議論が紛糾《ふんきゆう》した場合は結論は委員長がつけることになるから、委員会を都合のいい方向へ持っていくためには、伊佐山次長と気持を揃えて置かねばならなかった。  当面の大問題はレーダー観測塔の会計的処置であった。レーダー観測塔と機械とは予算種目が違っていた。レーダー観測塔は建築物と見|做《な》されていた。だがその予算額ではとうていレーダー観測塔ができなかった。それは地盤調査を行い、建築業者に当って見て分ったことであった。予算編成が甘かったのである。仕様ぎりぎりいっぱいのところまで落してもレーダー観測塔を作るには予算の倍額はかかるだろうということが、建築専門家の一致した見解であった。レーダー観測塔の予算が足りないとすれば、その方へ機械の金をつぎ込むしかなかった。レーダー観測塔を機械に含めて発注したならば、どうにかでき上るだろうという見とおしであった。  しかし、レーダー観測塔をレーダー収容箱としてレーダー機械の中に含めるという考え方は、かなり無茶であった。その予算種目の変更流用を大蔵省が認めるかどうかが問題だった。会計課長が難色を示した。 「だが、ほかに方法がないだろう。要するに二億四千万で、富士山レーダーに関する一切合財の仕事をすればいいのだ。大蔵省だってよく話せば分るだろう。そんなことで愚図愚図していたら、工事が遅れてしまうぞ」  伊佐山次長はその責任を自分が取ろうと云った。伊佐山と内村会計課長が大蔵省に足を運んだ。  国庫債務負担行為の承認を得ることは簡単ではなかったが、結局大蔵省側も認めざるを得ないだろうという見とおしがついた。一括《いつかつ》発注という方針が決った以上、機械自体が分割発注ということは考えられなくなった。受注業者はすべて含めて一社でなければならなかった。  レーダー観測塔を作るに当って、現在使用している富士山測候所の庁舎の移転と取りこわしの問題、富士山経由の無線通信回線の問題、気象庁内のどこに富士山レーダー操縦室を設けるかの問題、映像の分岐《ぶんき》の問題、これらに附随して多くの問題があった。だが、建物と機械の一括発注という方針がきまれば、あとは技術的問題だけが残された。 「新年度に入ってすぐ発注しないと今年中にレーダー観測塔の基礎はできません。基礎が完全にできないまま、冬を迎えて凍結したら、富士山レーダーは永久にできないことになるかも分りません」  葛木は委員会の席上でそれを力説した。入札を早くしろ、という雰囲気《ふんいき》を作っていった。彼は委員会の議事録をまとめて、ガリ版に印刷して配布した。関係者の名前をなるべく多く書きとめるようにした。富士山レーダーの仕事の一員としての存在価値を認識させるための考慮であった。  官庁の委員会というものは船頭が多くて、岸に乗り上げる場合が多かったが、富士山レーダー建設委員会は順調に走行をつづけていた。 「どうやらおれはロボット船頭にされたらしいな、かげで操っているのは君だよ」  伊佐山が云った。めったに見せたことのない笑いを見せた。 「こういう仕事は関係官のうちの誰かがボス的存在にならないとできないんです。気違いみたようなボスにね」  葛木が云った。 「だが怪我《けが》はしない方がいいぞ」 「いや怪我をする覚悟でないとこの仕事はまとまらないでしょう」  葛木はそのとき怪我をしていいと考えていた。怪我とは公務員として責任を問われることである。場合によっては辞任せざるを得ない立場に追いこまれることであった。  入札までに業者を決めて置かねばならないと思った。どんなに事務当局がいそいだところで、年度が変ってすぐ入札に持っていくことは無理であった。通常は、七月か八月が入札期になっていた。葛木は、その時期を早くて六月初めと見ていた。それまで手をこまねいて待ってはおられなかった。レーダー観測塔の基礎工事に取り掛る準備は四月中にやらねばならぬ。建設資材は雪の消えるのを追うようにして運び上げる段取りにならねばならなかった。それをやるには、競争入札前に業者を決定するという非常手段を取らねばならなかった。それは明らかに会計法違反の行為であったが、それをやらないと、基礎工事の途中で、冬が来ることになる。  葛木は入札前、業者選定を決意した。伊佐山次長に云われたように怪我は覚悟していた。  レーダー三社からの答案は三月初めに提出され、その説明に、連日会社の技術者が課にやって来た。測器課の係官が、分担して、答案の整理と業者の応接に当った。 「三社とも富士山レーダーをやるつもりのようですよ」  会社の技術者が帰ったあとで深田調査官が云った。 「だいたい一億円ぐらいの赤字になるらしいというのにね」  井川調査官があきれたように云った。 「世界一強力な気象レーダーを、富士山頂に作ったということで一億円の宣伝価値はあるっていうのでしょうな、とにかくどの会社も鼻息が荒い」  和泉係長が云った。  三社の提出した答案について、課内で審議がつづけられていった。摂津電機の提出したものがもっとも完備していた。文献やデータが確実だった。単なる思いつきではなく、実施を前提としての設計図が多かった。厚さ十センチほどの資料が十冊もあった。武蔵野電気のものはそれほど分厚くはなかったが、考え方の骨幹はしっかりしていた。相模無線は資料のでっち上げの気配がないではなかった。急遽富士山レーダーについての考え方をまとめたという匂いは濃厚であった。だが、考え方の中にはところどころに他の二社に見られないひらめきが感じられた。 「うちは気象庁が三年前に富士山レーダーの予算を出したときから、準備していたのですよ。つまりこの答案は三年がかりの答案ということになります」  摂津電機の神津営業課員はときどき様子を見に来てそう云った。武蔵野電気の岡田営業課長も、相模無線の植松営業課長もそれぞれ提出した自社の答案と他社のそれとを見較べて心配そうな顔をしていた。 「量より質だ。心配するな」  井川調査官が大きな声で笑った。  三社の答案内容の優劣がはっきりして来ると、相模無線の営業課があせり出した。武蔵野電気はなんとなく自信あり気に、じっくりかまえていた。  三月になってすぐ、全国気象レーダー打合せがなされた。全国十二カ所の気象レーダーの取扱責任者が集ってレーダー技術の打合せと研究会が行われた。この会の終ったあとで、富士山レーダーの概要が深田調査官によって説明された。  そのあとで葛木が突然立上って云った。 「みなさんにおたずねします。富士山レーダーを建設するに当って従来のレーダー三社のうち、どの会社にやらせたらいいと思いますか」  それはひどく突飛な質問であった。彼等は、しばらく葛木の質問の意図を了解しかねた顔をしていたが、やがてひとりが立上って云った。 「地方としては、設置後の|保 守《メーンテナンス》に積極的な態度を示す会社を希望します。いくら機械の性能がよくても、故障ばかり起きたんではどうにもなりません。明らかにメーカー側に責任があるような根本的な故障をそのままにしておかれることが現地にとっては一番つらいことなんです。われわれはきのうも打合せ会が終ったあとでレーダー会社について噂話をやりました、そのときこんな話が出ました。黙っていてもやって来るのは摂津電機、云えば来るのが武蔵野電気、云っても来ないのが相模無線──」  会場に笑い声が起った。  三月の半ばになって、二、三年間の気象レーダーの事故統計表が岩元係長のところででき上った。相模無線の納入したレーダーがもっとも故障が多かった。たまたま設置点が遠隔地であるということもあったが、会社内部の伝達機構に関係するトラブルもかなり多かった。  三月の半ばを過ぎたころ武蔵野電気の岡田営業課長がひとりでやって来た。岡田はいつもとぼけたようなことを云っているけれど、そこに集る業者のなかで、もっとも鋭い感覚を持っている男だった。ひどく話し好きの男で、相手がたいしていそがしそうでないと見ると一時間ぐらいは平気でしゃべっていく男であった。ずぼらのように見えていて油断のできない男であった。やたらに頭を掻く癖があった。もともと頭髪の薄い頭を掻くのだから見ている方は気になった。  岡田が姿を見せたのは、午後の二時であった。その彼は居坐ったまま、五時までとうとう帰らなかった。五時に近づくにしたがって、葛木と村岡の間に椅子を進めて来た。ふたりになにか話があることは明らかであった。 「一億円以上になりますね」  岡田はいきなり結論から先に云った。こんな云い方で相手をびっくりさせるのが得意であった。 「なにが一億円以上になるんです」  葛木が椅子から立上ると、岡田は、その葛木を誘導するように、椅子を引きずっていって村岡の机の前でとめた。葛木は村岡の机の傍に立った。 「赤字が一億三千万円と出たんです。それだけの赤字覚悟でないと富士山はやれないという結論がでたのです。一社でその赤字を背負いこむことになるとたいへんなことです。まず、うちの会社ではできませんな」  それまで一億の赤字だろうが、二億の赤字が出ようが、富士山と心中するつもりでやらせていただきますなどと云っていた岡田にしては、結論のつけ方がはやかった。 「できないときまったのですか」  葛木が岡田のいつになく緊張《きんちよう》したものの云い方に引きずりこまれて訊くと 「いやそう決ったのではないんですよ、どこの会社も一億三千万円の赤字となるとたいへんだから、分割発注という線は考えられないものなのかと申し上げているのでございます」  岡田はにやにやしながら頭を掻いた。そうしていながらも彼の眼だけは笑わずに、葛木と村岡の表情を覗き上げていた。 「絶対に分割発注なんて考えていません。赤字が出てやれなかったら、あっさりと引きさがることですね」  葛木のぶっきら棒な云い方に岡田は、もう馴れっこになっている顔で 「しかしねえ、葛木さん、一社で全部となると技術的にむずかしいことになりますよ。まあこの辺のところはよくお考えになっていただいて──」  岡田はそれだけ云うと、今日はこれで失礼しますと、逃げるように出ていった。 「武蔵野電気のスケールでは一億円以上の赤字に耐えることは無理だろうな、とすると、いまの岡田君の発言は、間接的な辞退というわけかな」  村岡は机上を取り片づけながら云った。 「辞退と同時に打診でしょうね」  葛木は、風呂敷包を小脇にかかえて、村岡と並んで外に出た。  物置を改良した彼等の部屋と隣接したところに榎《えのき》の大木があった。此処はもともと一ツ橋家の屋敷跡であった。長い年月の変遷があってもその榎の木だけが残っていたのは、その木が外濠に面した小さな土居(築城の土の捨て場所)の上に植えられてあったからであった。土居の半ばは、高速道路工事のために崩され、榎の木の根がむき出しになっていた。その根の白さがいたいたしかった。  外はまだ風がつめたかった。 「武蔵野電気が辞退したとなるとあと二社だな。さて、この二社のうち一方に決めることはなかなかむずかしいぞ。日が経つにつれて、いよいよ困難になるな」  村岡が立止って云った。 「でも一社にしなければならないでしょう。一社でないと富士山レーダーはできない。ぼくは、電波の方の見とおしがつき次第、どちらかに決めたいと思っています」  葛木はそう云って、電波庁の方からまだ申請電波の承認が来ていないことを思い出した。それがはっきりきまらないと、本格的なスタートができないのだ。  葛木は村岡からはなれて、いそいで橋を渡ると、電車通りを渡って向うの煙草屋の赤電話の前に立った。電波庁の唐木補佐官に頼みこむしかないと思った。葛木は、ダイヤルを廻しながら賭けた。もし唐木が席にいたら、この仕事は成功である。居なかったら、富士山レーダーは予定通りにはできない。唐木の錆《さ》びた声が聞えた。 「唐木さん、どうしてもあなたに個人的にお会いしたいんです。今夜お会いしたいんです,どこでもいいからあなたの指定する場所で待っています。いくら遅くなってもこっちはかまいません。二時間や三時間待ってもさしつかえないんですよ。ほんのちょっとだけ会っていただけませんでしょうか」  葛木は自分が昂奮していることをよく知っていた。その昂奮が冷静な唐木にどう伝わるかいささか心配だったが、希望は捨てなかった。 「だいぶ御心配のようですね、しかし今夜はちょっと具合が悪いな」  だが唐木は午後九時に新宿で会うことを約束してくれた。 「ぼくも一緒に行こうか」  村岡が云った。 「いいんです、ひとりでやります。どうせあと一カ月|経《た》たないうちにぼくは、あなたと替《かわ》って測器課長になります。こんどの仕事の責任はぼくが取ることになります。同じことです」  同じことですの中には、いろいろの含みを持っていた。彼は、どうせ怪我をするなら、その怪我が大きくても小さくても同じことですと云うつもりだった。唐木と会うことが怪我をすることではなかった。唐木に会って、周波数割当承認の見とおしをつけてから、葛木は一社に内命を下そうという下心ができていた。  それから三時間、葛木はひどく間の抜けた時間をパチンコで過した。  唐木はいささか飲んでいるようだった。丸い童顔がいよいよ童顔に見えた。彼はアイスクリームを注文した。 「とにかく気象庁の要求は欲ばっていますよ。レーダーの波長は十センチ帯、その映像を気象庁に送る固定通信系には、レーダーの他に通信、自動気象観測装置のデータ伝送を含めて百五十チャンネルを要求している。しかも六〇〇〇メガサイクル帯でしょう。えらいことですよ、六〇〇〇メガ帯というと、電波の方では|黄金 《ゴールデン》波帯《バンド》です。どこでも狙っています。それをですよ、六五七〇メガサイクルから六八七〇メガサイクルまで、ごそっと持っていこうとするのだから、欲張りもいいところですな、気象レーダーだって、気象庁には六センチ波をちゃんとさし上げてあるのに、今度は十センチ波を要求している。しかも二メガワットでしょう。富士山頂で、そんな超出力の電波をばらまかれてはたいへんだって誰だって心配になるでしょう。それだけ強力なものになると、いろいろの妨害電波がとび出すことが考えられますからね」  唐木は否定的なことをまず云った。 「だが、おたくの要求が不当なものだとは思っておりません。申請内容を技術的に検討すれば、やはり、あれだけは必要になるでしょう」 「では承認していただけますか」  葛木は身体を浮かせて云った。 「なぜそんなにいそぐんです」  唐木は葛木の畳みかけた云い方にいささか機嫌をそこねたようだった。 「実は思い切って、近々一社に内命しようと思っているんです。いずれ予算が成立するのは新年度に入ってからでしょう。正式入札となると、どんなに早くても六月になります。それまで待ってはおられません。四月に入ってスタートしないと富士山レーダーはできません。出発点でつまずくと、五年、六年掛ってもできないことになるかも知れません。富士山という特殊な事情から充分考えられることなんです」 「しかし、葛木さん、それは無茶じゃあないですか──」 「無茶でもなんでも、それをやらないと、この仕事はできないんです。怪我は覚悟です」 「あなたは気象庁を辞めても食べていかれるからそんなことが云えるのです」 「そうかも知れません。内面的にはそんな気持があるかも知れませんが、それだけではありません。それはたぶん私のなかに富士山があるからでしょう。つまりぼくが普遍的すぎる日本人だということかも知れません」 「あなたと同じような日本人になれと云いたいために引張りだしたのですか、それならぼくにも云い分がある」  唐木は葛木を見すえるようにつけ加えた。 「どこかで飲みながら、日本人についての話をつづけましょう」  葛木が遅くなって家に帰ると、応接間に灯がついていて、妻のしげが、庭と応接間との間をせわしげに往復していた。サボテンの鉢をしまいこむのを忘れていたのだ。 「だから温室を作れと云っているのだ」  葛木は庭の方へ廻りこんで云った。 「温室を作ったって、忘れることは同じよ。水をやらなかったり、戸を開けっぱなしにしたりってことはあるでしょう」  カニバサボテンの長く垂れ下った葉の中央に、太い血管のように一本、赤い筋が通っていて、その先に真赤な花が咲きかけていた。 「ずいぶんおそいのね」  しげは葛木を庭に立たせたままで、足で戸を閉めた。     9  葛木がとんでもないことをやらかすだろうという予感は彼の近くにいる者には分っていた。具体的にどういうかたちでそれをやるか分らないが、摂津電機に対して、内命を与えることは充分に考えられていた。内命を受けた摂津電機は歓喜の声を上げてすぐに仕事に取り掛るだろう。だが内命を受けなかった相模無線が黙って引っこむとは考えられなかった。  内命を無視して競争入札に持ち込むことも充分考えられた。内命されなかった不満が形を変えて高潮《たかしお》のように押しよせて来ることも考えられた。  三月の中旬を過ぎたころ、レーダー三社の提出した答案を中心としての課内討議がなされた。村岡と葛木はなるべく発言をさしひかえることにしていた。 「相模無線にやらせてできないことはないでしょうが、あの会社の血のめぐりの悪さが、気になりますね、不安ですね、やはり」 「技術スタッフから云ったら相模でしょう、あそこには秋元技術部長がいる。だが秋元さんひとりでレーダーができるわけではない」 「いつか相模無線にレーダーの立会い検査に行ったことを思い出しましたよ、検査に来てくれと云うから、でかけていくと、管理課のハンコが落ちていたので、どうしても立会い検査ができない。社内の事情お汲み取りの上お引取り願いたいと云われたあのときのことさ、──富士山のようなまったなしの仕事は超官庁的なハンコ主義の相模無線には不向きではないでしょうか」 「勝負はきまっているじゃあないですか、摂津電機は一月に富士山に登って調査をやったし、梅原技師をアメリカに派遣して、モンタナ州のミゾーラ山(二四〇〇メートル)の気象レーダーの防氷装置を調査させている。梅原技師が帰ったのは一昨日のことだ。意気込みが違う」 「意気込みだけでなく、答案も摂津のものが一番よくできている。摂津電機は三年前からほんとうにやる気で準備していたらしい。頭の中だけの計画ではない」  葛木は眼を開いた。課内の意見は一致している。あとは如何にしてその摂津電機に内命を下すかという点にあった。 「たしかに相模無線は血のめぐりは悪い。だが、富士山レーダーにかけては、いつもとは違って、なにか必死なものが見えないかね」  村岡が葛木に向って云った。 「そう見えます。だが、富士山レーダーを受注したからといって、あの巨大な会社の機構が急に変ることはないでしょう。やはりハンコの数だけ日数はかかるでしょうね。富士山には、ハンコの数とは無関係に九月になれば雪が降る──」  葛木が云った。それがこの日の結論のようであった。  相模無線の営業課長の植松はその空気をうすうす感じているようであった。相模無線が納入した地方レーダー官署には、相模無線から技術者が派遣されて、それまでの不評の挽回《ばんかい》に努力した。 「測器課では、機械の分割発注を考えているのですか」  三月の終りに近づいたころ、内村会計課長が葛木に聞いた。 「とんでもない。いまさら、そんなことを考えるはずがないじゃあありませんか」  葛木は内村にそう云ってから、ひょっとするとこの噂を播《ま》きはじめたのは相模無線ではないかと思った。旗色が悪いと見て、分割発注に切りかえようとしたのかもしれない。或は多摩電気、武蔵野電気、相模無線が共同戦線を張ろうとしているのかも知れなかった。多摩電気の堂本がしばらくぶりでやって来た。 「富士山レーダーは、いよいよ分割発注の方針にきまったそうですね。分割発注となれば、レーダーとそれ以外の通信系ということになります。うちは気象レーダーこそ作っていないが、その他の通信機ならなんでもできます。他社以上の実績を持っています。勿論その入札に参加させていただけるでしょうね」  堂本は自信ありげであった。その自信の裏には勝算があってのことに思われた。 「レーダーとレーダーリレーはそれぞれ独立した機械に見えるが、ほんとうは同じ機械なんです。相互に関連があって根本的には別個のものではあり得ない」 「仕様書の書き方で、分離し、発注できるはずです。そう希望しているのはうちだけではないですよ、葛木さん」  葛木は堂本の言葉の裏に相模無線の営業部員たちの絶望的な眼を見たような気がした。 「明日にでも技術者をつれて来ます。よろしく願います」  堂本は葛木の沈黙をいいことにしてそのまま帰ろうとした。 「分割発注はいたしません。そして多摩電気はいかなることがあろうとも、今度の入札には参加させません」  葛木は課内全員がふりかえるほどの大声で怒鳴った。 「いかなることがあろうともですって、それはどういうことです」 「この職に私がいるかぎりは、いかなる策をあなたが弄《ろう》そうと、無駄です。多摩電気は入札には参加させません」 「入札業者の決定は、技術部門だけではできませんよ」 「他の官庁はどうであろうが、気象庁は製造業者の選定は技術部門にその権限が与えられております。十年前のようにもぐりこもうとしても、もぐらせはいたしません」  堂本はその宣告を肩をふるわせて聞いていた。堂本は葛木の激しい言葉につられて、なにか、もっとすごい言葉でも吐きそうな顔をしていた。だが彼はそれを押えた。口の中で云うべきことばを吟味しているようであった。 「葛木さん、あなたは、なんでも思ったとおりになるとお考えのようですが、世の中には、あとになって、しまったということだってありますよ、……とに角富士山レーダーがうまくいったら、おめでとうを云いに来ましょう」  堂本は床を踏み鳴らして出ていった。  葛木はその堂本のうしろ姿を見ながら、この際、躊躇《ちゅうちよ》すべきではないと思った。弱腰を見せたら、情勢は更に混沌《こんとん》となると思った。  先手を打って摂津電機に内命を与えるべきだと思った。発注者側の態度を明確にすることによって、他社の動きを封ずることが緊急に思われた。相模無線が内命に反抗して、競争入札で摂津電機と争うというならばやむを得ないことであった。     10  葛木は考えている日が多かった。心は決ったが、内命を下すべき日はまだ決っていなかった。葛木は電波庁の唐木補佐官からの電話を待っていた。  三月二十八日、唐木から電波の割当承認があった旨の電話があった。葛木はありがとうだけを繰り返していた。  三月三十一日の夜は久しぶりで二階の書斎にこもって原稿用紙に向った。小説を書くためではなく、レーダー三社を集めていい渡すべき草稿であった。 「おやおや原稿用紙の枡《ます》目をちゃんとひとつずつ埋めているじゃあありませんか、よくまあ忘れないでいたものですね」  妻のしげはお茶を持って来てそう云った。  昭和三十八年四月一日、葛木は測器課長に昇格した。彼はその辞令を四つに畳んで内ポケットに入れると、レーダー三社の営業部に電話を掛けて、午後二時から重要発表があるから測器課に来て貰いたいと伝えた。  昼食は食べなかった。牛乳一本だけで、十年間坐りつづけた補佐官の椅子に坐っていた。二時二十分前に村岡が来た。村岡は葛木がなにを云おうとしているかおおよそ知っていた。 「葛木君、もう少し模様を見てからにしないかね、今日という日に……」  村岡は心配そうな顔をして、きのうまでは課長であった椅子に腰をおろすとやけに煙草を吸った。  二時十分前にレーダー三社の部長、課長以下営業部員が揃って現われた。葛木は彼等に席をすすめ、富士山レーダーに関係している課員たちに彼の話を聞くように云った。課員たちは来るべき日が来たという顔であった。課員と葛木との気持は遊離してはいなかった。  葛木は、まず気象レーダーの歴史から話し出した。業者達は意外な顔をした。十年間における各社で作った気象レーダーの特徴や、その故障状況をあげて説明した。相模無線の営業陣に苦慮の表情が浮んだ。  葛木が富士山そのものについて話し出すと、熱を帯びてきた。富士山の一般的気象現象や冬期登山の困難性についても話した。富士山頂という特殊な環境《かんきよう》下における機械が要求する条件をつぎつぎと挙げていった。  そして彼は、かねてレーダー三社に提出を求めてあった、富士山レーダーの製造細部計画についての答案に言及した。彼は技術上の問題については遠慮はしなかった。  相模無線の営業部員たちはほとんどあきらめたようであったが、香取営業部長ひとりはかみつくような視線を葛木に向けていた。 「富士山レーダー製造についてはいろいろときびしい制約があります。だが、富士山レーダー建設に対して、もっとも必要なことは、富士山という限界状態において、いかに上手に人を働かせるかということです。短期間に仕事を仕上げるには、人の和が必要です。命令系統がひとつでなければ絶対にいけません。分割発注などということは富士山だからこそ考えられないのです。私はレーダー三社のうちから、技術的に見てこの富士山レーダー建設にもっともふさわしい会社の名を云わせていただきたいと思います。あらゆる技術的角度から慎重に考慮して、私は富士山気象レーダーは摂津電機によって完成されることを希望します」  葛木は言葉を切った。相模無線の香取営業部長の顔がふくれ上ったように見えた。彼と向いあっている摂津電機の佐多営業部長の、これ見よがしの顔と対照的だった。武蔵野電気の加藤営業部長と岡田営業課長がなにか囁《ささや》き合ったあとで、加藤がまず口を開こうとした。相模無線の香取営業部長が紅潮した顔で立上った。机の上に置いた手がふるえていた。 「葛木さん、あなたは測器課長として、ただいまの発言の責任をお取りになるつもりでしょうね。これは明らかに、競争入札制度に対して、業者に談合を要求したも同然ではありませんか。摂津電機を指名したことは、他の二者に談合によって辞退《じたい》せよということではないですか、明らかにこれは法律違反です」  葛木はその反応を予期していた。 「私は競争入札制度を否定するようなことをひとことも云ってはおりません。技術的に見て、富士山レーダー建設は摂津電機によって完成されることを希望すると云いました。これはあくまで技術者としての希望であります。技術的な希望を発表していけないでしょうか、競争入札は競争入札です。三社で正々堂々と争って、落札されたらいいでしょう」 「それはあなたの詭弁《きべん》です。われわれはいまのあなたの発言を重大なる圧力と考えます。相模無線は承服いたし兼ねます」 「承服しようがしまいが、私はかまいません。私は技術的希望を述べたに過ぎません、だが私はこの希望は絶対に棄《す》てません。なぜなら私の考えが、すべての人を代表して正しいと考えるからです。香取さん、私は富士山レーダーに私の役人としての生命を賭けています。お分りでしょうか」  葛木は額に汗をかいていた。黒板の前に立ってから二時間は経過していた。     11  葛木は二メートルほど後退して、村岡が使っていた机に坐った。葛木がそれまで使っていた机と椅子は取り片づけられて、そこに、簡単な応接セットが置かれた。  葛木が課長に昇格したことによって、この他に課内で変ったことは、深田調査官が補佐官になったほか、順ぐりに昇格が行われたことであった。他部課との人事の交流はなかった。  課内に保木という皮肉と洒落《しやれ》とスキーとダンスと女性の機嫌を取ることと、そして電子回路設計に勝《すぐ》れた才能を持っている男がいた。 「課長、新しい椅子の坐り具合はどうですか」  課長、とはじめて葛木に声をかけたのはその保木であった。課長になって二日目の朝であった。 「嬉しいでしょう、課長」  保木はそう云って、女の子のように口をおさえて笑ってから気になることを云った。 「昼休み時間に神田の喫茶店で、彼女と会っているとき、隣の席で業者らしい人が課長の噂をしていました。あの人はいつ辞めても筆で食っていけるという自信があるから強い。怖いものなしっていうんでしょうね、ああいう役人は馭《ぎよ》しがたいってね。ところで、課長、庁内の噂はもっとひどいものですよ。補佐官時代に課長より大きな面《つら》をしていた葛木さんだから、課長になったら部長より大きな顔をして庁内をのさばり歩くのは当然だってね」  保木はそう云うと、身をひるがえして器械検定室の方へ走り去った。  保木にからかわれるまでもなく、課長昇格は嬉しかった。だが、それは管理職になれたという感懐とはほど遠いものがあった。彼の頭の中には富士山がそびえていた。富士山レーダーについて、補佐官の立場より、課長の立場の方がはるかに思い切ったことができるという喜びが、彼の顔を明るくした。課長になってやるべきことはたくさんあったが、そのすべてに優先して、いまは富士山をやるべきだと思った。課長昇任の課内でのビールパーティで、コップを高くさしあげながら、葛木はそのことを考えつづけていた。  井川調査官の豪快な笑い声が聞えるようになった。井川調査官の笑いは、富士山レーダーを担当する業者が内定したことによる安定感から来るもののように思われた。四月一日の葛木の発言以来、富士山レーダーの用事で測器課を訪れる業者は摂津電機に限定された。それまで毎日のように来ていた、武蔵野電気や相模無線はほとんど姿を見せなくなった。  技術内容の細部を検討していくには相手が一社であったほうがはるかに円滑に敏速に話が進んでいった。井川調査官を中心とする課員に明るさが見えはじめたのはそのためだと考えられた。  だが、葛木はその井川の笑いがひどく耳|障《ざわ》りであった。井川が嘘の笑い声を上げているというのではなく、その笑い声をどこかで誰かが薄笑いを浮べながら聞いているように思われてならなかった。  伊佐山次長から電話があった。次長室に行くと、いままで客がいたような気配だった。半分ほど吸いかけて、無造作に投げこんだ外国タバコが灰皿の中で煙を上げていた。 「思い切ったことを云ったらしいね」  伊佐山次長は葛木の顔を見るとすぐ云った。 「そうしないと整理がつかないからなんです。業者から文句が出たんですか」  葛木は灰皿に眼をやって云った。 「建築物や消耗品の入札と違って、試作品に近いような機械の入札となると、表面上は競争入札形式をとっていても、実際はその機械を製造するのにもっともふさわしい会社が選ばれて、それとなく、その会社が受注するように持っていかれるのが普通だ。その、それとなくというのが、なかなか問題だ。官側も業者側も、どこが本命かをそれとなく知らせようとし、知ろうとして、神経を使う。そして奇妙に、それとなく、入札日までには受注会社は決ってしまうものだ。ところが、今度きみがやったように競争対象の三社の責任者を前に置いて、堂々と一社を指名したことは前代未聞だね、おそらく将来も、そんなことをやる者はないだろう」 「指名はいたしません、技術的に見て摂津電機によって製造されることを希望すると云ったのです」 「分っている。君は法律のことは知らないようだが、たくみに法律に触れないようにしゃべっている。しかし実際問題として担当課長が、摂津電機を希望すると明言したのは、他の二社──と云っても相模無線にとってはショックだったろう」  伊佐山は眼を灰皿の上におとした。捨てられたタバコが燃え切るところだった。 「技術的に見て分割発注は絶対に無理かね」  伊佐山が開き直ったような聞き方をした。 「絶対無理だとは云えません、これがもし地上に設置される機械であり、しかも充分時間があるとすれば分割発注は困難ではありません、だが今度の富士山ではそれができないんです。時間的な問題と富士山頂という特殊条件から一社でないといけないと思うんです。それに相模のいうことを聞いて分割発注をやるとなると、武蔵野電気も多摩電気も、それ以外の通信機メーカーも、分割受注の入札の参加を希望して来るでしょう、そうなったらいよいよ収拾がつかなくなる」 「その最後のところがよく分らないのだ」 「つまり、命令系統の問題です。一社が落札し他社は下請けというかたちでそれぞれ機械の一部を製造するならば問題はまた別になって来ます」 「いや、それはいけない。どの会社も、自社の名において富士山をやりたいのだ。一部でもやれば富士山をやったことになる」 「会社の宣伝のために、国家の仕事を提供することはないでしょう。われわれは公務員としての立場だけを考えればいいんです」  葛木は伊佐山次長がなにを云おうと押し切る以外方法はないと考えていた。 「立派だね君は。だが、世の中はなかなかむずかしい。君ひとりが頑張っても、君の上には村岡部長がいる。たとえば、ぼくが、村岡君に分割発注に持っていけと命令したらどうなる。勿論たとえばの話だが」 「相模の圧力に次長が屈するとは思われません」 「相模以上に強い力だってあるぞ」 「というと政界……それとも運輸省?」 「それは云うまい、聞けば君だって不愉快になるだろう。結論的に云うと、ぼくは君と同感なんだ。ぼくは今年一年で多分、官界から身を引くことになるだろう、圧力にたてついても、つかなくても、行く先はほぼ決っている。だが村岡君は先が長い。彼に怪我をさせたくない」  葛木は次長室を出た足で村岡のいる観測部長室をたずねた。村岡はなにか考えながら部屋の中を歩き廻っていた。  一課三十人の長から七課二所を掌握する部長となり、気象行政に直接参画することになった村岡にしては、なにか淋しげな姿だった。部長室の応接セットの灰皿に、吸いかけた、外国タバコが捨ててあった。火は消えていた。 「来たんですね、ここにも」  葛木は煙草の吸|殻《がら》をゆびさして云った。 「来たよ。だがぼくははっきりことわって置いた。技術的な問題に口をさしはさんで貰いたくないって、お引き取りを願った──」 「承知しましたか」 「そう簡単にはいくまい。おそらくまた来るだろうね、もっと強力な人をうしろに立てて──」 「誰ですそれは」 「云うまい。おそらく次長もその人の名は云わなかっただろう。きみは、そんなことにわずらわされずに、仕事をどんどん進めてくれ、いやなことはおれが引きうける」  村岡は葛木に背を見せて、うつむきながら彼の席に帰っていった。葛木の眼には、そのうしろ姿がかつてないほど悄《しよう》然と映《うつ》った。  葛木は部長室の隣の観測業務課に顔を出して勝田を探した。会計課の勝田補佐官は春の異動で観測業務課長に昇進していた。 「誰です。部長室へ来た客は」 「それが誰だか分らないんです。次長室から直接案内がついてやって来たんだから──」 「部長のところへ最近外部の客が多くなりましたか」 「多いですよ、相模無線の人が毎日のようにやって来ています、きのう多摩電気も来ていました、その他会社関係の人が多いようですね」  勝田はなにか云いたげだった。その探るような眼を葛木はふり切って外へ出た。  相模は攻撃方針を変えたのだ。官庁機構の弱点を衝こうとしているのだ。上部に圧力をかけて分割発注に持っていこうとしているのだ。相模、多摩、武蔵野が共同戦線を敷いたと考えられないこともない。  課に帰ると内村会計課長が待っていた。 「葛木さん、分割発注という動きが上部にあることを御存じですか、いまそれをやるとなると、事務手続がおくれる、入札時期はずっと遅れることになるでしょう、そうなると富士山はできませんよ、技術担当課長のあなたに、しっかりして貰わないととんでもないことになります。私も頑張ります。幽霊《ゆうれい》に負けてはいけません」  内村は、その短躯のどこに、そんなことを云える力があるのか分らないほど力をこめて云った。  幽霊とは官庁にのみ通用する陰語であった。あらゆる外部圧力を総称《そうしよう》した表現であった。幽霊はその正体を的確にはつかめなかったが、幽霊が現われると上層部はその毒気に精気を抜かれた。     12  相模無線の高原技術|担当《たんとう》重役が現われたとき、葛木はさすがに緊張《きんちよう》した。力士のような身体の、奥深いところから発する言葉には威厳があった。高原は分割入札を希望した。 「分割入札を認めない場合は正々堂々と入札の場において摂津と戦います」  それが最後の切り札であった。 「結構です。どうぞそうなさって下さい」  葛木は、なにを云われようがいまさら気持を変えるつもりはなかった。 「一度ゆっくりとあなたとお話ししたいのですが」  葛木が話に乗って来ないと高原は語調をかえた。 「用があったらこの席でどうぞ、ここで云えないようなことは聞きたくはありません」 「問題はあなたが頭の中で考えているように単純ではないということをお話ししようと思っているんです。課長ともなれば、もう少し上の人のことを考えたらいかがですか」 「上の人のこと?」  幽霊の力が村岡に及んでいるぞというおどかしに聞えた。 「おたくは幽霊を使っているそうですね」 「幽霊?」  高原には官庁陰語は分らなかったが、葛木がなにを云おうとしているかはほぼ想像できたようだった。 「なんのことだか分りませんが、少しは村岡さんの気持を考えてあげたらどうかと云っているのです。私は富士山レーダーの仕事を全部取りたいと云ってはいません、その一部でもいいからわが社の名前でやらせていただきたいと云っているのです」  高原が帰ったあと、久しぶりで相模無線の植松営業課長が偵察に来た。 「富士山が爆発してくれたらいいと毎朝毎晩祈っているんです。ほんとうの話です」 「幽霊を使ったり、重役を出したり、こんどは、富士山をぶっとばす新兵器を使うのですか」  葛木は皮肉をこめて云った。 「新兵器は要りません、この城がいよいよ落ちないと決ったら、別の城を攻撃します。全力を挙げて攻撃したら、きっと落ちます」  植松はそう云って帰っていった。  植松が云った別の城を攻めるということがどういう意味だか数日経たないうちに分った。  摂津電機の小野田営業課長は悲痛な顔をして入って来るといきなり云った。 「葛木さん、富士山レーダーを分割発注にしていただけませんか、相模がどうしても納得しないまま競争入札に持ちこむことになりますと双方が傷つきます。それだけではありません、相模と正面切っての喧嘩ということになると、それが他の仕事にも影響するのです。現に、相模の横槍で、宙に浮いてしまった仕事ができて来たのです。こうなると、もう一度考えねばならないことになります」  あれほど強引に押しまくって来た小野田の豹変が葛木には理解できなかった。 「それはあなたの考えですか、会社全体の考えですか」 「勿論会社全体の考え方です」  そう答えて小野田は眼を伏せた。 「考えて置きましょう」  葛木は小野田のうしろ姿がまだ消えないうちに摂津電機の営業課に電話をかけた。神津がのんびりした声で、工場から梅原技師と荒木技師が打合せに来ていますと云った。 「丁度いい、三人で直ぐ来てくれ、小野田課長がそっちに帰らないうちに来てくれ、重大な話があるのだ」  葛木は部屋の中を歩き廻った。深田と井川が心配そうな顔をしていた。  アメリカから帰ったばかりの梅原は、やや青ざめた顔をしていた。急に呼ばれたのでびっくりした眼で葛木を見ていた。荒木技師は瞬《またた》きもせず葛木を凝視していた。神津はなにかおろおろしていた。叱られる理由もないのに、叱られるのを予期したような顔つきだった。 「さっき小野田さんが富士山レーダーを分割発注にしてくれないかと云いに来た。会社の方針だそうだが、それが本当かどうか確かめるために来ていただいたのだ」 「なんですって、いまさらそんなばかなことが」  梅原の蒼い顔が更に青くなった。三人のうち二人は技術者だから、会社内部の機密は知らないが、神津はややそのことを知っていた。 「そう決ったわけではないんです。それは最後の手段です。小野田は打診に来たのです。きっとそうです」 「決っていないなら、いまのうちにぶちこわすことだ、こっちがいくらしっかりしていても摂津の首脳部がよろめいたのではどうにもならない。分割発注になんかして見ろ、富士山レーダーは五年かかってもでき上らないだろう」  葛木がそう云ったのと、梅原が、あの大阪商人めと云ったのと同時だった。 「小野田は典型的な大阪商人なんだ。こんどの富士山レーダーははじめから算盤なしの仕事だということになっていたのに、あいつは算盤をはじいたのだ。だがおれたち技術屋はちがうんだ。おれたちは富士山におれたちの技術的生命を賭けているのだ。ようし、小野田がそういうつもりなら、こっちはこっちで打つ手がある。おい荒木、きさまどう思う。おれは小野田の云うようなことになれば、会社をやめるぞ。重役の前へ出てそう云うつもりだ」  荒木はうなずきながら云った。 「まず電話をかけて情勢を工場の主な連中に伝えよう。きみの云うようにやるには技術屋の総意が必要だ」  梅原と荒木と神津は葛木に挨拶もせずに出ていった。 「どういうことになったのです」  井川が云った。課員はいっせいに立上って成り行きを葛木に聞いた。 「幽霊が出たのだ。幽霊が」  葛木は泣きたい気持とはこういう時のことかと思った。 「いかなる犠牲を払っても一括受注を希望するという線がはっきりしました」  三日ほど経ってから小野田が来て葛木に報告した。 「それは大阪商人的算盤を無視したということかね」  葛木は小野田からその報告を受ける前に神津から経過を聞いていた。梅原、荒木を中心とした技術者の総意は重役陣を動かしたのである。  摂津のよろめきは一応止ったように見えたが、神津の言によると、まだまだ油断はできないということであった。小野田がひそかに相模と妥協工作をすすめている気配があった。  四月の終りになって勝田が葛木のところにやって来た。 「富士山レーダーの分割発注ってどうしてもだめなんですか、できたらそうして貰えませんかねえ、このごろの村岡部長を見ていると、ほんとうに気の毒になってしまいますよ、痩せましたよ、このごろへんなのが入れかわり立ちかわり、毎日ですからね、あの調子だと幽霊どもは自宅へもおしかけていきますよ」  勝田は、葛木の机の前に坐ると、足を伸ばして葛木の靴を蹴った。大蔵省との折衝の癖がでたのである。 「それでどうなんです、部長は」 「測器課長の決めた線を守るという一点ばりなんです。飽くまで、あなたの顔を立てようとしているんですな、しかし、これ以上強行すると部長は怪我をしますよ。だいたいあなたが、ワンマンぶりを発揮できるのは、あなたの背後に村岡部長がいるからじゃあないですか、その部長が怪我をするというのに、あなたが黙って見ている手はないでしょう」  葛木は、部長室に行こうとしたが行かなかった。勝田の云うことはほんとうだった。このごろの部長の顔は疲れた顔だった。時々会ったときは微笑も浮べるが、それは翳《かげ》のある微笑だった。 「どうするんです課長、まさか分割発注のための仕様書を書けって云うんではないでしょうね」  井川調査官が遠慮のない大きな声で云った。  井川調査官に限らず課員全部が情勢を敏感に感じ取っているのだ。井川は、いまさら分割発注案などに妥協するなと云いながら、周囲の情勢でやむなく分割発注となると、仕様書を新しく書き直さねばならない。その準備を始めるとすればいまである。──井川はそう云おうとしているのだ。  葛木は、幽霊に負けないと云っていた内村会計課長も、このごろ葛木と眼が会うと、視線をそらせることを知っていた。 「井川君、分割発注をやるとして、仕様書を書き直すのにどのくらい日数がかかるかね」 「少くとも半月はかかりますね、毎晩十時ごろまで居残りをしてですよ……やるつもりなんですか分割発注を……」 「いやまだそう決めたのではない、そうなるかもしれないと云っているのだ」  葛木は村岡のことを考えた。村岡を苦境に追いこむことは部下として耐えられないことであった。村岡には多くの恩義があった。葛木を課長に推薦したのも村岡である。彼は溜息をついた。 「井川君、分割発注の仕様書をもっと簡単に作る方法はないかね、つまり分割発注の概略仕様書だ」  葛木は力のない声で云った。 「要するに分割発注仕様書を作れっていうことなんでしょうか」  井川は葛木のテーブルの前に立って、葛木を見おろした。井川の眼は、葛木を責めていた。明らかに葛木のどたん場における弱腰を軽蔑している眼であったが、葛木はその視線をはねかえすことができなかった。 「すまないけれど分割発注仕様書の準備にかかってくれないか」  そう云ったとき、葛木の全身から力が抜けた。なんのために、四カ月も夢中でこの仕事に取り組んで来たのかと思った。 「カニバサボテンは一昨日のおそ霜でやられたらしいのよ」  その夜、葛木が家に帰ると、妻のしげが云った。 「もう暖かくなったから大丈夫だと思って家の中へ入れてやらなかったのがいけなかったのだわ、でも弱いものね、一晩で死んだのよ、あの強そうなサボテンがね」  しげは葛木の顔をじろじろ見ながら 「私は今度ゴムにしようかと思っているわ、でも考えて見るとゴムだって寒さに弱い植物でしょう、私はどうしてこう、弱いものが好きなんでしょうねえ」     13  五月の風は外濠のどぶ水の腐臭《ふしゆう》を測器課へ運びこんだ。強い風が三日つづいたあと、相模無線の高原重役は高級車を測器課の前にとめた。  高原は勝算ありげな顔で葛木の前に坐った。 「琉球政府に納《おさ》めさせていただく気象レーダーの検査をお願いに来ました」  琉球政府は気象レーダーを相模無線に発注し、その検査を気象庁に依嘱《いしよく》していた。  葛木は黙って頭を下げた。検査の依頼だけに重役が来るわけがない、彼が来た裏になにかがあると思った。葛木は高原の次のことばを待った。 「観測部長の村岡さん、内村会計課長さん、それに伊佐山次長さんも、御視察かたがた検査にお出でになることを承知していただきました。検査は明日の午後にいたしたいと思います。お迎えに上ります」  高原は、そのあとで意味不明瞭な笑いを浮べた。 「明日、レーダーの検査をしていただけば、いままで、わが社に対する、いろいろな御疑念や御不審や御不満の点が、解消されると思います。検査が終ったあとでまたなにかとお願いすることがあるかもしれません」  高原が帰ったあと、葛木は長いこと考えていた。次長、観測部長、会計課長を検査に立会わせるということは、既にこの三者が分割発注に耳をかしはじめた証拠のように思われた。レーダーの立会検査のあとで、三対一の数を以て、気象庁の頭を富士山レーダー分割発注に切りかえようとする魂胆《こんたん》に思われた。  その日、葛木が家へ帰ると同時ぐらいに御殿場に出張している深田補佐官から電話があった。 「六合目から上はまだ残雪があります。平年に比較すると一カ月はおくれているようです。馬道を作るのはまだ無理なようです」 「だがもう取り掛らねばならないだろう。取り敢えず、富士山測候所と連絡をとって太郎坊に馬の基地を作ることだね」  深田補佐官との打合せの電話を切ってすぐあとに電話があった。聞き馴れた声だった。 「ずいぶんおいそがしいようですね、気象庁の方へ何度掛けても、会議中だとか、席をはなれているとか……原稿のお願いなんですが、来月いっぱいに四十枚──」  松谷は途中で言葉を切って葛木の反応を見ているようだった。 「困りましたな、松谷さん」 「予定がつまっているのですか、それなら再来月《さらいげつ》の五日ごろまで」 「いや、原稿の問題ではなくて富士山レーダーの問題で頭がつまっていて小説を書く気になれないんです。もう少し待っていただけませんか」 「珍しいことですね、あなたがそういうことを云うのは。それでどのくらい待てばいいんです」 「それが分らないんです。一年経てば書けるような状態になれるのか、二年経てば、或は三年経ってその余裕がでるのか見当もつかない」 「富士山レーダーってそんなにたいへんなんですか、しかしそれでは……」  松谷はなにか云おうとしたが、それ以上なにも云わずに電話を切った。     14  葛木と村岡は並んで坐っていたがほとんど口を利かなかった。ふたりはその日のことにはわざと触れないように努力していた。成り行きが分ってしまった以上、とやかく云っても無駄だという気持がおたがいのなかにあった。葛木はこの成り行きに最後の抵抗をこころみるつもりはなかった。結局ひとりではどうにもならないところまで来たのだと思った。  自動車が多摩川の鉄橋を走っていた。ゴルフ場の芝生が雨に濡れていた。 「いよいよだな」  村岡が云った。いよいよ富士山工事が始まるというふうにも、いよいよ分割発注の線にスイッチを切り替えるべきときが来たというふうにも聞えた。 「そうです。いよいよです。おそらく、きょう検査が終ったあと分割発注の話がでるでしょう。やむを得ないことです」 「葛木君、ひとこと云って置くが、きみが、ぼくのことをなにかと考えて、幽霊に頭をさげるなら、ぼくはきみを軽蔑《けいべつ》するな。ぼくだって先のことは考えている。いざとなったら辞めて大学へ帰るさ、食うことに心配はないだろう。ぼくはね、幽霊だけには負けたくない。しかし、幽霊に勝つことすなわち、富士山レーダー完成ということになるだろうか」  村岡は葛木の顔を見た。村岡がめったに見せたことのないきつい顔だった。  自動車が工場の前で止った。  葛木は自動車をおりるとき、村岡の本心は、やはり分割発注に傾きかけているのだと思った。ただ村岡は幽霊に頭を下げたくはないのだ。分割発注でも富士山レーダーはできるという技術的証明を用意した上でそれに踏みかえようと思っているのだ。  工場の会議室には相模無線の重だった者が待っていた。いままでにない豪華な顔ぶれだった。秋元技術部長が会社側技術者を代表して挨拶した。  秋元は久しぶりに明るい顔をしていた。自信のある顔だった。秋元は、机上に積み重ねてあるレーダーの製造データの綴りに眼をやって 「説明申し上げましょうか」  と云った。機械の立会検査に入る前に、調整製造データを検査するのが習慣になっていた。 「一応読んで見て、分らないところがあったらおたずねいたします」  葛木はデータを井川と岩元と自分とに分けた。  データは綺麗にでき上っていた。ざっと見たところ手落ちはなかった。 「よくできすぎていますね」  井川がマグネトロンのパワーテストのデータを机上に置いて云った。よくできすぎているという井川の一言が葛木の頭にひっかかった。 「では立会検査をさせていただきましょう」  葛木が立上った。自分のことばがなんとなくそらぞらしく聞えた。これだけデータが揃っている以上、立会検査がうまくいかない筈はなかった。  応接間を出て庭に出ると、ずっと向うにレーダー試験調整室のタワーが見えた。秋元技術部長がレーダー開発のために作った塔であった。タワーは冷えびえとしていた。その三階で機械は一行を待っていた。  葛木は真先にエレベーターをおりた。ハンダづけのにおいがぷんと鼻をついた。人いきれで、その部屋はむし暑かった。いつもの検査のときの倍ほどの人間がいた。それらの人の動きが、電気に打たれたように止った。  葛木はそこに異様なものを感じた。緊張《きんちよう》した空気とは別になにか不自然なしこりが感じられた。  葛木はそこで顔見知りの幾人かに挨拶した。疲れ切った顔をしていた。  葛木は機械とその周辺に眼をやった。メーター類があちこちに出ていた。シグナルジェネレータの端線はいまはずしたばかりのように長々と床の上に延びていた。  葛木等の一行が入って来る直前まで、調整をしていたことは明らかだった。葛木の頭の中に、既に検査予定期日が十日おくれていたこと、さっき井川調査官がよくできすぎているデータだと云ったことが思い出された。 「これが東京湾です」  レーダーの指示装置に、東京湾が映っていた。高原はそれを伊佐山次長に説明した。 「なかなかよく出ているじゃないですか」  次長が感心したような声を出した。葛木はそのレーダースコープにちらっと眼をやってから、大きな声で云った。 「これから検査を始めます。火を全部落して下さい。メーンスイッチも切って下さい」  葛木は秋元に云った。秋元は素直にその言葉を受けた。検査の方法とすれば、そうするのが当り前だという顔だった。秋元は彼の傍に立っているレーダー課長の島田に眼で合図した。  島田の表情に混乱が起った。彼はなにか云おうとしたが、あきらめたように 「全部スイッチを切ってくれ」  と云った。それはためいきのような響きを持っていた。 「岩元君五分間待ってから、メーンスイッチを入れてくれ、それから取扱い順序にしたがってひとつずつスイッチを入れていくのだ……」  島田にかわって、今度は葛木が云った。検査の主導権をはっきりさせるためだった。部屋の中は静かになった。その部屋にいるすべての人がその先になにかが起ることを予想したようであった。五分間が一時間にも二時間にも思われる長さであった。誰も口を開かなかった。腕時計を見ていた岩元が葛木の方にちょっと視線を送ってからメーンスイッチの方へ近づいていった。  メーンスイッチを入れる音がした。  機械の制御盤にひとつずつランプが点火していった。ずらりと並んでいるメーターの針が生きかえったように動き出した。レーダー指示器の前の椅子に坐った岩元は次々と動いていくメーターの指示を読み取りながら 「では……」  とひとこと云った。準備はすべてオーケーであった。あとはレーダー廻転のスイッチを入れ、反射像《エコーバ》をブラウン管の上で見るだけであった。  岩元は最後のボタンを押した。  ブラウン管指示装置の上に不思議な現象が起った。掃引輝線《スイーピングマーク》が逆回転を始めたのであった。映像が映る筈はなかった。ブラウン管は、不規則な明滅を繰り返すだけであった。それはひどくばかげた悪戯《いたずら》に見えた。  あっちこっちから機械に手が出た。だが指示装置の狂態はおさまる様子はなかった。 「一時間ほど休ませていただきます」  葛木が云った。それ以上の醜態《しゆうたい》を見るに忍びなかった。  会議室に帰った。会社の者はそこには誰も姿を見せなかった。 「ひどいものだな」  伊佐山が云った。内村もそれに相槌《あいづち》を打った。技術者でない者にも、結果は明瞭であった。 「こんなことではとても富士山レーダーをやらせるわけにはいかないでしょう」  村岡が伊佐山に云った。伊佐山は大きくうなずいた。  葛木は、彼が実施した検査方法がいささか苛酷に過ぎたことを反省していた。島田や秋元に同情していた。時間が不足していて機械はまだ検査を受けられる態勢にないのに無理したからあのようなことが起ったのだ。それは葛木でなくとも、技術者ならばひと目で分ることであった。だがもし葛木に寛容さがあったら、火を全部おとして調整を滅茶滅茶にするようなことはしなかったであろう。そのままそっとして置けば、検査の要目だけはどうにか済ませることはできたのである。 「どうしてああいうことになったのだね」  伊佐山が葛木に訊いた。 「相模無線という会社の機構がああいう結果を生んだのです。検査を受けられる状態になっていない機械であっても、無理矢理検査を受けねばならないようなことになってしまったのでしょう。ハンコの数がそういうことを決めるんじゃないでしょうか。この大事な局面で未調整だということが秋元技術部長の耳にも届いていなかったということは、決定的ですね」  そう云いながらも葛木はいやな気持でいた。彼自身が検査を受ける立場に立たされたグループの一員のような気がした。 「官庁の機構以上に複雑な機構を持った営利会社が存在するってことは、ちょっと想像はできないな、これじゃあ富士山どころではない」  伊佐山次長はためいきをついた。  一時間後に、怒りと失望を顔に浮べた秋元が現れた。そのあとから高原の姿が見えた。高原はうつ向き加減になって考えこんでいた。 「もう、三、四日検査を待っていただけないでしょうか」  秋元が云った。 「三、四日では直らないでしょう。十日待ちましょう。そのかわり私もひとつの条件を出します。十日経っても、ほんとうの検査が受けられないような状態でしたら、とても富士山レーダーなどと云えた義理ではないと判断してよろしいでしょうね」  葛木はそういう憎まれ口を傷心の秋元に云うことはつらかった。そこに秋元とふたりだけだったら、おそらくなぐさめの言葉をかけてやったに違いないと思ったが、そこには多くの人がいたし、葛木の立場もあった。葛木は秋元の、青くひきしまった顔の中に敗北の色を読み取った。葛木は秋元ほどの男が、なぜこの下手な請取り検査を実施したのかと腹を立てた。  十日経った。葛木は村岡の部屋に呼ばれた。高原がいた。 「私は、うちの会社のことをもう少し知っているつもりでしたが、認識不足でした。私も、もともとは技術屋です。立場をかえて考えると、あのような技術的失態を、もっとも重要な検査の日にやらかすような会社には、とても富士山レーダーを任すことはできません。ほかの仕事ならいざしらず、富士山だから、いままではなにを措いてもやりたかったのですが、いま私は、富士山だからこそ、うちでは辞退した方がいいのではないかと考えています」  高原は落ちついた口調で云った。 「あらゆる角度から考えてそうきまったのです。残念だがいたし方がありません」  高原は部長室を出るときハンカチで眼頭を拭《ぬぐ》っていた。  嘘のように思える幕切れであった。それまでのことを考えると相模無線があきらめたとはとても考えられなかった。葛木と村岡はしばらく呆然《ぼうぜん》としていた。  だがその日を境として幽霊は出なくなった。 「うるさいのがやっと引っこみましたね」  摂津電機の営業課長の小野田が葛木に云った。葛木はその小野田に、算盤をはじきながらうるさく駈け廻ったのはお前じゃないかと云ってやりたかった。  相模無線の営業課員の内田がやって来て葛木に耳打ちをした。 「富士山レーダーが取れなかった責任を負って秋元技術部長は格下げということになるかもしれません、香取営業部長も、植松課長も左遷ということになるでしょうね、ぼくも地方へ追出されるかもしれません、葛木さんも罪なことなさいましたねえ。だがほんとうのことを云うと、やはり、あなたのやったとおりにしないと、こんどのような大仕事はできないでしょうね」  五月十五日に富士山レーダーの競争入札が、気象庁会計課長室で行われた。摂津電機が落札した。 [#改ページ]   第二章     1  御殿場口太郎坊の疎林《そりん》は雨に煙っていた。芽吹いたばかりの木々の葉芽はしとしとと降りつづく冷雨に打たれて、ものおじしたようにふるえていた。  御殿場口馬方組合長大熊朝吉は、東京からやって来た摂津電機の営業課の神津と馬小屋の完成予定について打合せをすませて、神津を乗せたジープが森の中に消えるまで見送ってからタバコに火をつけて、地|均《な》らしがほとんど終った馬小屋予定地の方へ眼をやった。ブルドーザで土砂をけずり取ったあとが大きく口を開けていた。  朝吉はタバコの煙を雨の中に吐き出した。煙は彼の背の高さと同じところを横に流れて疎林の中に消えた。その向うに轟音を立てて動き廻るブルドーザがいた。  神津がジープに乗りこむときに辰吉の運転するブルドーザに眼をやって、ブルドーザは富士山に登れないかと、ふと洩らしたことばを朝吉は思い出した。若い神津に富士山における馬の権威を疑われたようで不愉快であった。  朝吉はなにか急に思いついたような顔をして、ブルドーザに近づくと、大声で辰吉に呼びかけた。 「おい辰吉、そのブルを運転して三合目まで行って見ねえか、もし行けたら一升おごるぜ」  ばかなこと云うな、ブルが富士山に登れるはずがねえじゃあないか、と辰吉に云われるのは承知の上だった。  辰吉は朝吉の云うことが騒音で聞えなかったらしく、荒々しくブレーキを踏んで、運転台からぬっと顔を出した。  朝吉は同じことをもう一度云った。辰吉は怒ったような顔で朝吉を睨みつけると、返事もせず、ひどく乱暴にブルドーザを操縦して、土砂を捨てに行った。  朝吉は、そのキャタピラの跡に眼をやった。二条のキャタピラの跡は、少々沈む程度に砂を圧迫したに過ぎなかった。そして、そのキャタピラの跡に並んで彼が今朝方、御殿場から乗って来た乗馬のひづめの跡が、キャタピラの跡よりもずっと深く砂の中にめりこみ、その足跡に雨水がたまっていた。朝吉は、富士山に関するかぎり、どんな新しい乗物が現われようとも、頂上へ行くことは無理であり、馬だけが唯一の輸送力であると信じていた。事実それまで、いろいろの発動機関を持った乗物が富士登山を企画したが、すべて不成功に終っていた。 「富士山頂に世界一の気象レーダーができるのもできないのも、結局は材料を運び上げるその能力にかかっているのです」  朝吉は摂津電機の神津が云ったことを思い出した。朝吉は自分たちの馬を信じていた。少しぐらいの風雨であっても重荷を背負って黙々と砂を踏んでいく馬と、その馬の鼻息を肩のあたりに感じながら、手綱を持って先に立つ馬方との呼吸が合えば、七合八勺と太郎坊の間を日に二往復はできるのだ。  だが、朝吉は馬蹄が砂の中に沈み、ブルドーザのキャタピラの跡が大蛇が砂の上を這《は》っていったように残っているのが気に入らなかった。  馬小屋の地均らし工事は終ろうとしていた。ブルドーザが御殿場におりると、入れかわりに大工が登って来て、そこに駄馬十五頭用の馬小屋ができるのである。  朝吉は、地均らし工事の砂を捨てに行って帰って来た辰吉が、朝吉の前で、方向転換をやり始めたのを見ながら、やはりブルドーザなどというものは不便なものだと思った。馬ならば手綱を持ってくるりと廻ればそれでいい。 「うるせえなブルという奴は」  せいいっぱいの騒音を立てているブルドーザに朝吉は眼をやりながら云った。ブルドーザの向きがかわった。 「おい乗れよ」  辰吉が運転台から顔を出して云った。 「乗って、どうするのだ」 「三合目まで行くのだ」  辰吉は雨の中に片腕を出して、拳骨をかためると自らの力|瘤《こぶ》でも試すような恰好で内側に折りまげながら朝吉を招いた。ひどく自信がありそうだった。 「ほんとうにやるつもりか」 「やるッ!」  辰吉は怒っていた。朝吉がブルドーザの性能について批判したことをそのまま、辰吉に対する侮辱《ぶじよく》と取ったようであった。  仮設馬小屋の地均らしの手伝いに来ていた三人の馬方が、そこに集って、一升賭けたその興味あるゲームの決着は、ブルドーザの負けと当てこんで、いきり立っている辰吉をしきりにからかっていた。  辰吉は余計なことは云わなかった。朝吉を助手台に乗せると、むかっ腹を立てたようにアクセルを踏んだ。雨はかなり降っていた。霧が深くて百メートル先は見えなかった。  ブルドーザは小さな砂丘に乗っかかると、駄々をこねたようにもたついた。だが辰吉は、あっちこっちと方向を変えて、一合目を突破した。一合目から二合目にかけては、緩傾《かんけい》斜面であった。問題は二合目から三合目にかけての急傾斜面を登れるかどうかということであった。だがブルドーザは二合目から三合目にかかっても平然としていた。むしろ安定速度を得たようであった。辰吉は砂地の斜面の進行に馴れた。それまでの蛇行はやめて、真直ぐに登っていった。そのまま頂上に登っていきそうな勢いであった。  朝吉は腰から下に冷気をおぼえた。轟音をあげて登っていくブルドーザのキャタピラの下に、彼の持馬のアオとアカとシマの三頭の駄馬が轢《ひ》き敷かれていくような気がした。朝吉にとって思いもよらない敗北であった。  三日後に御殿場馬方組合の総会が御殿場の若宮で開かれた。 「……結局ブルドーザは六合目まで登った。六合目から上だって、大きな石をのけて、道を作れば登れるだろう。まず七合八勺までは行けることは確実だ……」 「馬をブルに乗りかえろって云うのかね、組合長……」  若い馬方が云った。 「そうだ、おれは馬の取引き値段、貸借《たいしやく》値段、飼料代とブルドーザの売値、油の消費量などを比較して見たが、結局は個人の馬を売って、共同でブルドーザを買いこんだ方が得だと思うがな」  朝吉は、彼が調べて来た資料をいちいちこまかに読上げた。 「しかしね、組合長、駄馬は売るとなったら安いものずら、われわれの持馬だけでブルが買えるかね」 「ブルドーザは一台三百七十万円する。最初は借金しないとだめずら、だが、今年と来年は富士山レーダーの仕事がある。二年合わせると五百トンの仕事だ。荷揚料キロ当り六十五円として三千二百五十万円の仕事だ」  朝吉が示したその最後の数字が馬方組合員の気持をかなり明るくしたようであった。  朝吉はその馬方等の心に拍車《はくしや》を掛けるように云った。 「馬の尻《けつ》をひっぱたいている時代は終ったのじゃあねえずらか、このへんで考え直さねえと時代遅れっちゅうことになる。ブルドーザの運転免許を取るのはそうむずかしいことではねえ、おれにも取れるちゅうことだ、おれは馬方組合全員が免状を取ってもいいと思っている」  馬方組合長が馬の尻をひっぱたくことを時代おくれだと云い切ったとき、事実上、馬方組合は崩壊《ほうかい》したも同然だった。彼等は反対するなんらの理由がなかった。ブルドーザが六合目まで行くことが分った以上、馬方組合がやらなくとも、誰かがブルドーザを富士山に持ちこむことは見えすいていた。そうなると、夏場の富士山で稼いでいた彼等の生活権までおびやかされることになる。 「馬の手綱をとって歩く時代は、ほんとうに過ぎたのかもしれねえな」  年取った馬方が、その長い年月を述懐するように云うと、馬方たちは、それに相槌《あいづち》を打った。  外は雨が降りつづいていた。  昭和三十八年は異常に早くから梅雨がやって来た。五月八日頃から梅雨型の気圧配置になり、全国的に弱い雨を降らせていたが、五月二十日を過ぎて本格的な梅雨に入った。  摂津電機の富士山レーダー建設本部では、現地に派遣した社員から、御殿場の馬方組合が七トンブルドーザを買いこんで、七合八勺までの試運転に成功した情報を得た。馬よりもブルドーザの輸送力の方が勝っていることは認めたが、ブルドーザがどれだけの威力を発揮するかは未知数であった。それに、七トンブルドーザの性能からいって、一台で一夏に二百五十トンの建設資材を上げるのは無理と考えられた。計算の上では少くとも三台を要したが、馬方組合に三台買う余力はないし、摂津電機がブルドーザを購入して、輸送に当ったとしても、七合八勺の建築資材倉庫から頂上までは強力《ごうりき》の背にたよるしかなかった。強力が五十キログラムの荷を背負って一日三回七合八勺と頂上の間を往復できると仮定しても、二百五十トンの資材を運び上げるには延人員約千六百人要することになる。十六人の強力を探し得たとして百日かかる。富士山頂附近で一夏百日の野外稼働を求めることは無理であった。無理をして五十日、五十キロ背負う強力の数は十人そこそこであった。ここまで考えると、ブルドーザによる資材輸送はいたずらに滞貨の山を七合八勺に作ることになって、緊急を要する建築資材運搬には適切ではなかった。  ヘリコプターによる輸送方法が真剣に検討された。富士山頂の特殊気象条件をなんとか回避する方法があれば、ヘリコプターで建築資材を運べないことはなかった。ヘリコプター業者が、こぞって協力を申出た。危険性はあったが、富士山頂への輸送をやったという実績を作ることは、ヘリコプター業界において、不|抜《ばつ》の地位を確保することになる。  五月二十三日、摂津電機は東成建設と富士山レーダーの建設について正式契約を結び、同じ日に朝川ヘリコプターと昭和三十八年度中に二百トンの資材を頂上に運び上げる契約を結んだ。  御殿場馬方組合とは、特別な契約は結ばなかったが、五十トンの荷揚げについては、確約を与え、それ以上の輸送能力を発揮した場合は、更に荷揚げ料を増加することを約束した。強力組合とはキロ当り百八十円で、契約がまとまった。  葛木は、しょぼしょぼと降る雨の音をぼろ庁舎の中で聞きながらこの報告を神津から受け取った。 「問題はこの梅雨なんです。この梅雨が早く上ってくれないと荷揚げの方はどうにもなりません。たとえ、作業員が登っていったところで、資材が上って来なきゃあどうにもなりませんからね」  神津は、外を見ながら云った。 「梅雨あけと同時に、事実上の工事開始というわけですね、それで、山の方の監督は誰がやるんです」  葛木は神津が持って来た工事日程表から眼をはなして云った。 「東成建設の伊石監督です、まだ若いがしっかりした人ですよ。ヘリコプターの方の、現地の責任者は中林さん、この人は、もと陸軍航空士官学校の教官をやっていた人です」  葛木はまだ会ったことのないその人たちが、富士山というものをどのていど理解しているかが心配になった。葛木は大丈夫かなと口から出そうになるのを我慢しながら、もう一度工事日程表に眼をやった。     2  朝川ヘリコプター株式会社のヘリコプター基地は所沢にあって、技術部門は全部ここに集められていた。  中林運航部長は本社の営業部長の大田から富士山頂への建築資材輸送について摂津電機と正式契約したという電話を受取ると 「いったいその危険な仕事を誰がやるのだ」  と皮肉を云った。本社が富士山の仕事を引き受けようとしていることは知っていたが、中林はそれにはかねて反対の立場を取っていた。それはあまりにも危険度の多い仕事に思われたからであった。中林は受話機を置いてからも、しばらくそのままの姿勢で考えこんでいた。新しい仕事を引き受けたとき、すぐ頭にひらめく、段取りの構想は浮ばず、つぎつぎと悲観的な条件が頭の中に並べられていった。  富士山頂の悪気流は少しでも航空事業に関係している者ならば誰でも知っていることであった。その富士山頂へ、二カ月間に二百トンの建設資材を運ぶということは容易なことではなかった。  それはヘリコプターの性能以上にパイロットの能力に関係する問題のように考えられた。中林は加田雄平の重厚な顔を思い出した。彼ならばという期待が、彼以外には人がいないような気持に変っていった。  中林は航空士官学校の教官をしていたころ、まるでパイロットになるために生れて来たような加田雄平を教えたことがあった。終戦となっても加田雄平は空へのあこがれが捨てられずに民間航空会社に入り、やがて中林のいる朝川ヘリコプターに転社して来た。 「そうだ、まず加田雄平にやらせて見よう、彼ならばうまくやるだろう」  中林は、そうつぶやくと、加田が出張している大阪にすぐ連絡を取って至急東京へ帰るように云いつけると、資料室にいって、富士山の地図を持って来て机の上にひろげた。  地図をしばらくじっと見ていると、その等高線に従って、地形の起伏が見えて来るほど、中林は地図を見ることになれていた。まして富士山のような単純な地形ならば、富士山のずっと上空を飛ぶ飛行機から見おろすような気持で眺めることができた。  彼は図上の富士山頂に向って、西から東から、南から北から、指で線を引いた。風の方向を考えていたのである。指で風の線を引くと、富士山頂を頂点として、その反対側に発生する、その指の太さと同等なエネルギーを持った、乱気流が想像された。中林はその乱気流の強さと形状を示すかのように、指先で、うずまきを描いた。  戦中、戦後を通じて、富士山の悪気流によって命を失ったパイロットの数は数え切れないほどあった。富士山には近よってはならないというジンクスがあった。晴天であっても近よってはいけない。近よりたい気持があっても、少くとも、富士山の高さの五倍の距離を離れて飛べと彼は若いパイロットたちに教えていた。 「富士山は空のローレライだ、富士山という美女に近よって遭難する空の漁夫となってはならない」  彼は航空士官学校の教官をやっていたころ、しばしば、このような譬喩《ひゆ》を用いたことさえあった。  だが、中林はいま、その美女に近づくことを彼の部下に命じなければならない立場になっていた。中林は図上の富士山頂から、山麓へ眼をやった。いったいヘリポートをどこへ設けたらいいのであろうか。中林の頭の中に本社の営業部長の大田がいささか昂奮気味の早口で、富士山頂の建築資材輸送の仕事を、他の会社をおしのけて取ったことの自慢をやっている姿が浮んだ。 「営業部の奴等は現場の気持も知らないで、なんでもかんでも仕事だけ取って来ればいいと思っているのだ」  中林はひとりごとを云った。すぐ傍で計算尺を片手にしていた馬場が 「なんの仕事ですか」  と訊いた。 「ローレライだよ、空のローレライに向って飛べという本社の命令だ」  馬場は妙な顔をしたが中林部長が苦悩に近い表情で口にしたローレライについてはそれ以上追及はせず、またもとの姿勢にかえって計算尺を動かして、こまかい数字を二つ三つ表に書きこんでから 「部長、富士山の仕事はそのごどうなったのでしょうね」  と訊いた。 「その富士山頂の仕事をうちでやることになったのだ」 「そうですか、それはよかった。やろうじゃないですか」  馬場は眼を輝かせながら椅子をはなれると、中林の机上にある富士山の地図にちらっと眼をやって、中林がローレライと云ったのがなんであったかに気がつくと、急に、引きしまった顔つきにもどって 「たいへんだが、やりがいのある仕事じゃあないですか、ぼくにやらして貰えませんか」  中林はそれには答えずに、頭上に近づいて来たヘリコプターの爆音を追っかけるように窓から飛行場の方へ眼をやって 「そうだ、たしかにやりがいのある仕事だよ、これは」  そして中林は地図を前にしてまた考えこんだ。  それから三日後に中林は加田雄平をつれて御殿場の富士山測候所の藤巻所長を訪問した。富士山頂の気象の特異性を調べるためだった。 「富士山頂の気象の特異性、……さて困ったな」  藤巻所長は童子のように澄んだ眼で中林の顔をじっと見つめて考えていたが、小首を傾げて立上ると書棚から一冊の本を引き抜いて来て中林の前に置いて、その頁を繰《く》って 「富士山というところはこういうところですから」  藤巻所長の漆黒《しつこく》な長髯が、その本の頁に触れそうになっていた。  中林は藤巻所長の指示するところに眼をやった。昭和十二年から昭和三十五年までの富士山頂の累年気象記録の平均値の表であった。  中林はその記録の中から、夏期四カ月間の霧のあった日と最大風速十メートル以上あった日と快晴の日の三項目を拾い読みした。二十三年間の平均気象記録は、飛行不可能の結論を下していた。月のうち二十日が霧のあった日ということは、頂上は月のうち二十日間は雲か雨かの中にあるということであり、十メートル以上の風速の日が二十日以上もあるということは、富士山はいつも警戒警報程度の風が吹いていることであった。  一カ月のうちで快晴日数がせいぜい数日ということも、夏の富士山頂は、有視界飛行に不適当であることを示していた。 「ヘリコプターは有視界飛行でしょう、雲がちょっと出てもだめなんですね」  藤巻は、中林の苦衷《くちゆう》を先廻りして云ってから 「だがね、夏の富士山は朝の四時から七時半までの間には晴れるチャンスがあります。やるとすれば、この早朝ですね」  中林と加田はその藤巻の助言にすぐ食いついていった。早朝の晴れ間を利用して飛ぶとすれば、ヘリポートはどこにしたらいいかという問題が出た。 「御殿場口滝ヶ原、山中湖、富士宮の三カ所に設けて、それぞれそこにヘリコプターを待機させたらどうでしょうか」  藤巻所長は、そうすることが当然のような口ぶりで云った。 「頂上附近の気流について調査したものはございませんか」  中林は、その訪問においてのもっとも重点に話を持っていった。 「富士山測候所創立以来三十数年間に、いろいろ調査されましたが、完全なものはひとつもありません。調査の方法がむずかしすぎるのですな。或る夏のこと、富士山頂に水素ボンベを持ち上げて、風上から五十個の小型気球を同時に放したところが、その五十個全部がいっせいに噴火口に吸いこまれて、四十五個が岩に当って破裂してしまいました」  藤巻のその示唆は、中林と加田にある実験を思いつかせた。  六月十一日五時、御殿場口滝ヶ原に設けられたヘリコプターの基地から飛び立ったシコルスキーS62型に搭乗した加田と中林は、富士山頂に近よって、五センチ角に切った紙片をばらまいて、定常風が富士山に衝突することによって作られる乱気流を観測しようとした。機は富士宮上空に廻って、充分な高度を取った。  富士山頂剣峰の測候所の建物から出て手をふる人の姿がよく見えた。測候所のすぐ北側に源を発する大沢くずれが、黒い陰影となって山麓に向って伸びていた。  中林は眼で加田に合図した。  白い紙吹雪が富士山頂に向っていっせいに流れていった。朝日に輝きながら、いっこうに沈む様子もなく舞っていく紙片は、白い蝶の大群が移動していくように見えた。  紙片の集団の先が剣峰を越えたと見る間に突然垂直方向に向きを変えて、噴火口になだれ落ちていった。噴火口の中で、その紙片がどのようになっているのかは、機上からは見えなかったが、やがて、紙片はばらばらになって、噴火口からはじき出されると、そこで勝手気ままな舞踊をつづけ、なだれ落ちたところとは反対側の火口の壁を乗越えて自由空間に飛び散っていった。 「やはり噴火口が魔物だな、近よると吸いこまれる」  中林のその声は爆音で聞き取れなかったが、加田雄平はよく分ったようにゆっくりと顎を引いた。  加田雄平のヘリコプターによる偵察飛行はほんの僅かな時間を利用して続けられた。 「富士山が真白になるまで、紙吹雪をぶっかけるのか」  とからかわれるほど加田は紙吹雪を利用して山頂附近の気流の特徴を調査した。 「一般的に、ヘリコプターの飛行可能な気象条件下において、ヘリコプターが富士山頂に近よることはけっして危険なことではない。危険なのは、地形的に噴火口の一部と見なされるところの上空に機を乗り入れることである。噴火口の吸込み気流の中に機の一部が立入ることは、きわめて危険なことである。富士山頂の剣峰に接近することも、以上のことをよくわきまえていれば危険ではない。ただし剣峰の場合、危険と安全の境界はきわめてシャープであり、もし機体が十センチ余計に噴火口に近よるとすれば噴火口に吸い込まれることはほぼ確実であろう」  航空写真をもととして作った富士山頂附近の詳細な気流図と航行指針図を添えて、加田雄平が中林に提出した富士山頂附近気流調査報告の最後に書かれた一文であった。  六月二十八日、加田雄平の操縦するシコルスキーS62型は富士山麓滝ヶ原基地(標高六八六メートル)から富士山頂(三七七六メートル)に向って飛び立った。標高差、三〇九〇メートル、このヘリコプターの性能から搭裁量は最大限四百二十キログラムと推定された。加田は、富士山麓滝ヶ原基地と頂上東安の河原基地との間を二往復したのち、三回目に、建設材料と、生鮮食料の入った梱包四百キログラムを頂上へ持ち上げた。往復に要する時間は十三分であった。  彼は上昇率二四四米/分、降下率三〇五米/分というデータを持ちかえった。  朝川ヘリコプターの、シコルスキーS62型機、バートル101型機、ベル47G3B─KH4型機が御殿場滝ヶ原ヘリポート、山中湖ヘリポートに集められて、輸送開始を待った。  だが、六月の末から七月の初めにかけては雨の日が多く、本格的輸送開始にはまだいたっていなかった。  葛木は六月の末日、御殿場から上京して来た、朝川ヘリコプターの中林運航部長とはじめて会った。輸送の見とおしは、夏の天候にかかっていた。 「あとはただ祈る気持で待っているだけです」  そういう中林の顔を見て葛木は、なにか彼の云いたいことばを中林に先に云われたような気がしてならなかった。     3  東成建設の伊石八郎は六月初旬に富士山頂に登ったが、その翌日から高山病による頭痛に悩まされつづけていた。発熱による頭痛とは違って、頭に鉄の輪をはめられて、しめつけられるような痛さだった。頭全体に圧迫を感じ、動くと、頭の芯《しん》が痛かった。身体中がだるく、なにかひどく密度の濃い流動物の中におしこめられて動きが取れなくなったような感じだった。物を云うのも大儀だった。他人の声はなにかしら空虚で、すべてに誠実さを欠いているように聞えた。  焼砂のにおいを嗅ぐと、突然、吐き気に襲われたり、やたらにまぶしかった世界が、一夜明けると急にひどく黄色っぽい世界に変って見えて来て、ついには、富士山頂ではなにかの光学現象によって黄色に見えるのではないかと思いこむようになった。測候所員にそのことを訊くと 「黄色く見えるのは、高山病の特徴のひとつですよ、登山者によくそんな人がいます。富士山測候所員はお気の毒ですね、みんな黄疸《おうだん》にかかっているなどと、心配をしてくれた人もありました」  伊石監督以下二十名の作業員は、富士山頂金明水地域にある厚生省の建物の中に三部屋を工事中借用する許可を得て、そこに泊りこんでいたが、一冬、雪の中に閉じこめられていた宿舎は、いくら重油ストーブを焚《た》いても、冷湿気を追い出すことはできなかった。頭が晴ればれとしない原因は、高山病によるものばかりではなく、その陰湿な居住区に充満しているかびのにおいと、高圧|釜《がま》特有のゴムパッキングのにおいがこびりついた飯を食べていることと、便所の臭気と、そして頂上一帯をおおっている火山特有のどこかに腐臭を連想させる焼砂のにおいであった。伊石の食欲は極度に低下した。  伊石八郎は四日目に唇が腫《は》れ上った。そして、その唇の腫れに合わせるように頬がふくらんだ。図面を見ようとして、自分のまぶたが自分のものでないようにだるく感じられた。頭痛は去ったが、それにかわって、むくみは顔から首、手、足と全身にひろがっていった。歩くのにだるかった。  彼等の宿舎から剣蜂の現場までは、僅か四百メートル、高度差にして六十メートルほどだったが、そこまでいくのに、三十分もかかった。呼吸が苦しく、三度は休まないと行けなかった。  彼は現場監督として富士山頂についたときから、まず、自分の身体との闘いに勝たねばならなかった。監督が頭が痛いと云って寝ていれば、作業員が働くはずはなかった。  測候所との間を、防風衣をかぶり、ザイルにつながって通わねばならない日が三日に一度はあった。夜間は気温が零度以下にさがることも、そう珍しくはなかった。噴火口の底にはまだ雪が残っていた。  彼等の仕事は、レーダー観測塔とエンジン室を剣峰にある富士山測候所の現在位置に建てるために、いままで物置に使っていた大沢寄りの旧庁舎を補修して、測候所の施設と宿舎の全部を移転することであった。こまごました大工仕事が多かった。  移転工事が終了すれば、レーダー観測塔建設予定地にある庁舎の取りこわしが行われ、そしてはじめて、そこに事実上のレーダー観測塔の基礎工事が始まるのであった。この移転工事、取りこわし工事、そしてレーダー観測塔基礎工事は同時に施工することはできず、ひとつずつ順を追わねばならなかった。  伊石監督は二十名の作業員をつれて富士山頂に登って、十五日目に腕のいい大工三名の下山という現実に立たされた。いかになだめすかしても、こんな仕事はごめんだと云って彼等は雨の中を山をおりていった。  富士山頂における作業能率は地上の二分の一ないし三分の一であった。仕事はさっぱりすすまないばかりか、つまらないミスばかり起きた。  気圧はおよそ下界の三分の二、酸素の量は下界のおよそ七十パーセントというところで、下界並みの作業能率を求めても無理であった。仕事が思いどおりいかないことと肉体的苦痛のために、作業員の神経はいらだっていた。ささいなことで衝突が起きた。  作業員の職種が、大工、鳶《とび》職、電気工、石工、人夫というように違っていることもまた喧嘩が生ずる原因であった。道具をまたいだ、またがなかったというようなことで喧嘩が起きて、翌日、電気工二人が下山したために、屋内配線工事が一週間もおくれた。  監督は作業員を叱ることは許されなかった。叱ればそれを理由にさっさと山をおりていった。オリンピックの前年で作業員は極度に不足していた。  七月になって、やや輸送情況が良くなって生鮮食料が、補給されるようになると一時よりは仕事の能率は上ったけれど、作業員を集める困難は依然続いていた。仕事に馴れた作業員が一度山をおりると、二度と山へは登って来ないことは工程上大きなつまずきになった。待遇を改善しても、日当を下界の倍にしても効き目はなかった。いくら金を貰っても、いやだという者が多かった。  伊石八郎は出発点において非常な苦境に立たされた。工程は遅れる一方であった。東成建設は伊石の苦労を知って、つぎつぎと人を送りこんで来たが、現場に落ちつく者が少いから、人の出入りによる混乱を招く場合が多かった。  伊石八郎は、日に三回の連絡時間になると携帯無線電話機《トランシーバー》のアンテナを伸ばして、剣峰の頂上に立つと、東成建設御殿場事務所に向って絶叫した。 「なんだってあんなでくのぼうばかりよこすんです。せめて二十日ぐらいは落ちついて仕事ができる人間を上げてくれないと仕事にならないじゃあないか」  伊石が彼の鬱憤《うつぷん》を晴らすことのできる唯一の機会はそのときだけであった。  七月の半ばになってもまだ移転工事が終っていないのを心配して、葛木は、東京と富士山頂間の官庁用無線電話に伊石監督を呼び出して、なにか工事を遅らせているネックがないかと、訊いた。 「ネックがあるかって云うんですか、それは、ここが富士山だっていうことでしょう、それ以上どうにも考えようがないのです」  葛木はまだ会ってない伊石監督の声を聞きながら、彼がひどく疲労しているなと思った。声に艶も張りもなかった。 「人が足りないのじゃあないですか」  その葛木の現場を理解しない平凡な質問に対して、伊石はマイクの前で苦笑しながら云った。 「富士山頂のような限られたところでは、人海戦術っていうわけにはいかないでしょう。葛木さん、あなたも、もと富士山勤務をやったことがあるのでしたら、そのへんのことは分るはずですが──」  葛木は黙った。それ以上工事の内容にまで口をさしはさむことは権限外のことであった。 「ぜひ一度こっちへ来ていただきたいのですが、あなたに現場を見ていただいた上、お願いしたいことがあるんです、いろいろ──」  伊石はなにか葛木に云いたげであった。 「八月になったらさっそくでかけましょう」 「お待ちしています。お出でになったら幽霊《ゆうれい》の出る部屋にぜひ泊っていただきましょう」  伊石はそう云って笑った。  彼等の宿舎に幽霊が出るという噂が立ったのは七月半ばを過ぎたころであった。幽霊を見た作業員は翌朝伊石が知らない間に下山した。  その赤い屋根の建物は戦争中に陸軍によって建てられた高山病研究所であった。噂は、作業員たちがいる部屋が、戦時中捕虜がいた部屋であることから始まった。生体実験に供されて死んだ捕虜の亡霊が出るというのであった。  厚生省から彼等が借用した三間のうち幽霊が出るのはその北側の一室であった。彼等は、その部屋を出て、石室小屋へ逃避した。そうなると、作業場までの距離が遠くなり往復の時間を要し能率が激減した。  幽霊は深夜に出て、作業員の枕元に坐って、なにも云わずにじっとしている場合が多かった。胸苦しくなって眼を覚ますと幽霊がいるというのである。途中で幽霊が入れ替ることがあった。大男の幽霊と小男の幽霊が出た。  伊石はやむなく幽霊の出る部屋にひとりで寝た。伊石がその部屋へ泊ると、幽霊はそこには現われず、隣の作業員の部屋へ移動していった。  夜、胸苦しく感ずるのも高山病の症状であった。下界におりてから肺鬱血、肺水|腫《しゆ》と診断された作業員もあった。  伊石の健康は幽霊の出る部屋へひとりで寝るようになってから、少しずつ、恢復していった。いままで作業員たちとせまい部屋に雑魚《ざこ》寝していたのが、一人でゆっくり寝られるようになったからであった。幽霊話が消えたころ移転工事が終り、その翌日から取りこわし工事が始められた。  伊石監督は久しぶりで仰いだ晴天のもとで三十年前に建てられた建物がつぎつぎとこわされていくのを見ていた。小さな灰色がかった蛇が古庁舎の屋根裏から発見された。蛇というにはあまりにも小さい華奢《きやしや》な蛇であった。 「蛇がでたということは、大吉のおみくじを引き当てたようなものですぜ、監督さん」  御殿場から来た鳶職が云った。  伊石は蛇を逃がしてやるように云った。蛇が、大沢寄りの岩の間に姿をかくしたころ、ヘリコプターが爆音を上げて頭上に迫った。  だがその蛇はけっして吉兆ではなかった。蛇がひそんでいた屋根の直下の整地をして、いよいよ岩盤に向って掘り下げていくと、大理石のように固い永久凍土層にぶつかった。まだら模様に氷の層があった。遠くから見ると、それは屋根裏から這い出した蛇の紋様に似ていた。  永久凍土層は、石工が音《ね》を上げるほどの固さを持っていた。鑿《さく》岩機で穴を開けて掘りおこしていくより方法がなかった。発破《はつぱ》を掛けて取り除けるような状態のところではなかった。永久凍土層が完全に取り除かれ、いよいよ基礎工事着手の見とおしがついたのは、八月一日であった。予定より工事は一カ月おくれていた。     4  早期走り梅雨に始まった昭和三十八年の梅雨は、その幕切れもあまりぱっとしなかった。梅雨の傾向がはっきり消えたのは、七月中旬を過ぎてからであった。梅雨が上っても、富士山頂は依然として、雲におおわれている日が続き、ヘリコプターによる輸送ははかばかしくなかった。  朝川ヘリコプターが、三カ所のヘリポートに合計五機のヘリコプターを用意したにもかかわらず、七月中に頂上に持ち上げた建築資材は十三トンに過ぎなかった。  七月の末になると、それまで、執拗なほど富士山頂にまつわりついていた雲が頂きからはなれて、ずっと低いところに積雲の層を作るようになった。  頂上から見ると、三合目から五合目のあたりにかけて、かぎりない広さを持った白い雲海が出現したようであり、その雲海にところどころ穴があき、やがて、雲よりも雲の切れ間の方が多くなると、雲はひとつずつ底の平らな安定した雲のだるまになり、それが果てしもない広さにつながっていくと、もはや雲海ではなく、羊群の遊ぶ空の高原のようにひろびろと見えて来る。富士山に本格的な夏が訪れたのである。ヘリコプターは雲の間を縫《ぬ》って、次々と富士山頂に向った。 「八月一日、霧、一・五トン。八月二日、快晴、三・五トン。八月三日、快晴、四・八トン。八月四日、高曇後、霧、二・一トン」  葛木のところにヘリコプターによる輸送量が毎日報告された。強力の背によって運び上げられる資材は予想以上に少かった。ブルドーザで、七合八勺まで運び上げられて来た資材はそこで滞貨していた。  高気圧は日本全体をおおっていた。典型的な夏型気圧配置になったのである。  葛木は日に一度は必ず、無線通信室へ行って、富士山測候所を呼び出して工事の情況を聞いた。通話中にヘリコプターの爆音が入って来ることがあった。 「どうです、伊石さんは元気でやっていますか」  葛木は富士山測候所員に訊いた。天候恢復と同時に、資材の輸送もはかどり、仕事も順調に進捗《しんちよく》しているようだから、伊石監督も元気で張り切っているだろうと思った。 「いろいろとたいへんらしいですね、そうそう今朝も、葛木さんが、いつ来るかと聞いていましたよ。電話じゃあ、現地の苦労が分りませんから、一度来て見て下さいませんか」  富士山測候所員は、少しばかり皮肉をこめて云った。  富士山レーダー工事のことが、新聞に出るようになった。葛木はいちいち丁寧に読み取ってファイルにした。  朝起きると、必ず書斎の窓を開けて富士山の方を見た。夏の間はたったの一度も見えたことのない富士山であっても、そっちを見ないと気がすまなかった。富士山頂へ建設資材を輸送中のヘリコプターが測候所の上に墜落《ついらく》した夢を見て、夜中に起き上って 「あなたは富士山病にかかっているのよ」  と妻のしげに云われたことがあった。 「課長、一度富士山へ登って来た方がいいんじゃないですか」  井川調査官が、葛木の気持を察するように云った。  葛木は天気を見定めて東京を発った。  御殿場に一晩泊って翌朝太郎坊まで自動車で行って、そこからブルドーザの助手台に乗った。七合八勺に着いたのが十二時、頂上についたのは十四時半であった。葛木はブルドーザの出現によって、富士登山に近々大きな変革が訪れるのではないかと思った。  頂上に立った葛木はまず剣峰の頂でなされている工事に眼をやった。頂上の上にもうひとつの頂上ができたように工事用のステージが出来ており、その上で多くの人が働いていた。 「とにかく朝四時からヘリがとんで来るでしょう。ヘリだけじゃあない、人間も登って来る。寝ちゃあいられませんよ」  富士山測候所員のひとりが云った。  工事は最盛期に達していた。作業員は現場に取られて、登山者の交通整理にまで手が届かなかった。工事中は危険だから剣峰に登らないようにと、立札を立てて置いても、ここまで来て、頂上三角点に立たないで帰るのは残念だと危険をおかして登って来る者が多かった。  工事現場まで登って来て足を滑らせて骨盤骨折の大怪我をした登山者があった。そういう事故が起ると、頼みもしないそのお客様を、ヘリコプターで病院まで運んでいかねばならなかった。工事は登山者のためにかなりブレーキがかけられた。工事と富士山測候所の現在の仕事とは一応分離して考えていいようだが、実際はそうはいかなかった。富士山測候所員は工事の渦中の人となっていた。  その夜、葛木は幽霊の出たという部屋で、伊石監督にはじめて会った。毬《まり》のように浮腫《むく》んだ顔が、伊石の本来の顔でないことが分っているだけに、彼の苦労が窺《うかが》われて、なにか伊石の前にいると圧迫感を覚えた。 「ひとつお願いがあるのですが」  伊石監督が葛木に云った。 「この富士山の工事に関係した人の名前は銅銘板にきざみこんで、レーダー観測塔の壁に貼りつけるから、しっかりやってくれと作業員たちに直接云っていただきたいんです」 「そんなことを云うぐらいたいしたことではないが……」 「それがたいしたことなんです。あなたはこの現場に今日来たばかりだから、よく分らないでしょうが、結局この工事を完成するかどうかは、人の数でも技術でも金の力でもないんです。人の気持にたよるしか手はないんです。私は毎日、作業員たちに、お前達は富士山に名を残すために働けと云っているんです。なぜそんな気持になったか申しましょうか。測候所員の生活を見たからです。驚くべきほどの安月給で食費は自弁で危険手当さえなく、生命を的に一年中ここで働いている所員たちを支えているものは富士山頂で働いているという使命感なんです。これは全く二十世紀の奇蹟《きせき》のようなものですよ。私はその奇蹟を、私の仕事の中に持ちこもうと考えたのです。ここで働けば、お前たちの名は、銅銘板にきざまれて、レーダー観測塔の壁に残るぞと云ってやっているのです。初めのうちは彼等は半信半疑で聞いていましたが、今はそれを信用して働いています。彼等にやろうという気が起きたのは、このことを云い出して以来なんです。だが、その名を残すについては、やはりお役所の責任ある人の口から云っていただかないと、彼等は信用しません。いいですか、葛木さん、富士山レーダーができると、おそらく、下界からよく見えるでしょう。そうなったとき、おれがあれを作ったのだと子孫に云えるし、その証拠が、頂上のレーダー観測塔の壁に残されているのだとなると、彼等はやる気を出すでしょう」  伊石の云うとおりだと葛木は思った。 「だが、一日働いて翌日山をおりても、銅銘板にその名を彫りこむのかね」 「いや、その滞頂日数のことは私に云わせて貰います。あなたは大筋を云っていただけばいいのです,彼等は、いま死んだように眠っています。明朝、四時、彼等が現場に集ったところで、いっちょうお願いいたします」  その夜、葛木は頭痛がして眠れなかった。高山病にかかったのである。翌朝、伊石に起されたときは、顔中、蜂にさされたようにはれ上っていた。  葛木はステージに立った。頭痛と睡眠不足の頭に風が冷たかった。 「こちら富士山頂、富士山頂、南の風七メートル、飛行よし、飛行よし、どうぞ」  トランシーバーに向って伊石が怒鳴る声が頂上の静|寂《じやく》を破った。伊石の声とともに、ステージのあちこちに、ごろごろしていた作業員が立上った。  下界の薄靄《うすもや》の平面を越えてはるか海上に姿を見せはじめている太陽が見えた。海上を一条の黄金色の光芒が走り、伊豆半島をよこぎり、富士山頂に向って、その日の光の第一矢を射掛けて来ると、一瞬なにもかもまぶしく輝いた。爆音が空の一角で聞えたが、ヘリコプターの姿は見えなかった。すぐ爆音は異常な大きさで高まると、はげしい風がステージの上を掃いた。  葛木はヘリコプターの風に危うく吹きとばされそうになるのを、ステージの上に這うようにしてこらえた。ヘリコプターはステージの上に静かに近づいて空中停止《ホーバーリング》すると、吊り下げて来た大きなバケットが開いて、生コンクリートが、ステージの中央の穴の中に流しこまれた。ヘリコプターは飛び去った。葛木はほっとして、立上ろうとすると、また爆音が聞えて、いま飛去ったヘリコプターよりもやや大型のヘリコプターが進入して来て生コンクリートを流しこんでいった。  作業員たちは、ヘリコプターで運ばれて来る生コンクリートを、次のヘリコプターが来るまでに処理しなければならなかった。穴の中は異常な活気につつまれていた。生コンクリートが数回運ばれて来たあと、包装された荷物を運んで来たヘリコプターがあった。  ヘリコプターが荷物をステージの上におろして飛び去ると、作業員がバッタのように飛びかかって、その荷を整理した。愚図ついていると次のヘリコプターが来るからであった。彼等ははげしい呼吸《いき》遣いをしていた。腰を伸ばしただけでも、一歩歩いただけでも息の切れる富士山頂でヘリコプターに追い立てられるように走り廻る仕事は見るからに苦しそうであった。  何度目かに、ステージにおろされた建設資材に近よろうとしていた一人の作業員がばったり倒れた。どこか見えないところから、狙撃《そげき》でもされたような倒れ方だった。作業員たちが走りよって、死体のように動かなくなった作業員を、ステージの隅に引き寄せるのとほとんど同時ぐらいに次のヘリコプターが進入して来た。  七時半になると、あちこちに湧き出した積雲が横につながり雲海を作ったので、ヘリコプターの輸送は中止された。作業員はその場に倒れるように寝そべってはげしい息をついた。 「参考になったでしょうか」  伊石が葛木に云った。 「さっき倒れた人は大丈夫ですか」 「二、三時間休んだら、また働くでしょう。あの男は根性のある奴ですから、……ところで葛木さん、ゆうべお願いしたことですが、ちょうどいま朝食前の一仕事が終ったところですから、やっていただきましょうか」  伊石は葛木の承諾を得ると作業員たちに大声で呼びかけた。  葛木は奇妙な場所で奇妙な演説をぶっている自分が自分ではないように思われた。伊石にたのまれたことを云うための前置きとして、彼がしゃべったことの中には、世界一ということばがやたらにあった。 「……あなた方の名前は、いまあなたのいるところに建てられつつあるレーダー観測塔の壁に残されるのです。私はそれをみなさんに約束いたします。みなさんの名は富士山頂に残るのです」  葛木はひどい喉《のど》のかわきを覚えながら、同じことを何度かしゃべった。作業員たちは、眼をぎらぎら光らせながら葛木の顔を見詰めていた。     5  昭和三十八年の夏の前期は天気が悪かったが、中期は比較的天候に恵まれてヘリコプターの稼働日数も多かった。九月二十三日、初雪と共に工事が中止されるまでに、夏期全体を通じてのヘリコプターの稼働日数は三十九日、飛行出動回数四百回、輸送重量実に百三十四トンに達した。ブルドーザは約五十トンの荷物を七合八勺に揚げ、そのうち三十トンの荷物が強力によって頂上へ運び上げられた。この間怪我人は出たが、生命にかかわるような事故は起らなかった。  ヘリコプターには事故が二度あった。一つは頂上で生コンをおろして、帰途に向ったとき、対地一千フィートのところでエンジンがストップした事故であった。そのときの操縦士は加田雄平であった。彼はプロペラの空転によって無事着陸した。原因はパイプに砂がつまったためであった。  九月になってレーダー観測塔用のパネルを頂上に運び上げたとき、パネルに横風を受けてぐるぐる廻り出したことがあった。  監督の伊石は危険だから、|非 常 放 棄《エマージエンシーカツト》しろと無線電話で操縦士に怒鳴った。だがそこで放棄すると、そのパネルが作業員の頭上に落ちる危険があった。そのときのパイロットの馬場は廻転する危険物を抱いて、頂上を離れ森林の中に放棄した。  この短い夏の間にエンジン室は完成し、レーダー観測塔の基礎は完成し、レーダー観測塔の立上り二段目までの鉄骨フレームの組立てが終ったばかりでなく、来春を期しての多量の資材が運び上げられていた。 「第一年度はヘリコプターを使ってしゃにむに基礎工事をやった。だが第二年目は、七月後半のヘリコプター稼働《かどう》期まで荷揚げを待ってはおられない。六月中には、鉄骨パネルの組立を終り、七月いっぱいで機械の荷揚搬入終了、レーダー観測塔完成、八月に入ると、機械の据えつけ調整にかからないと、九月の台風期までに富士山レーダーを完成することはできない。したがって、第二年度は、ブルドーザに主力を置き、太郎坊から七合八勺までは七トン車、七合八勺から頂上までの間は二トンのブルドーザで資材を運搬する予定です」  葛木がこの方針を摂津電機の神津営業課員から聞いたのは九月の下旬であった。 「それで、この二トンブルというのは……」  葛木は心配そうな顔で聞いた。 「御心配なく、私たちは、富士山頂用のブルドーザの製造命令を系列会社の摂津重工に既に出してあります。七トン車にしろ、二トン車にしろ、スーパーチャージ方式で、キャタピラは従来のものよりかなり幅広いものになっております。七トン車を三台、二トン車を二台増強します」  神津は自信あり気であった。 「それを運転するのは、馬方組合と、強力《ごうりき》組合ということになるのだろうな……」  葛木は低い声でつぶやいた。富士山頂測候所は創立以来三十数年間、御殿場の馬方組合と強力組合に必要物件の荷揚げを委託していた。来年の六月から五台のブルドーザを出動させるとして、それをどっちの組合が使うかが問題だと思った。馬方組合が、馬の尻を追うのをやめてブルドーザに転向したことは、強力組合にかなりの刺戟を与えていた。昭和三十九年の夏期、頂上へ運ぶ資材の予定量は三百三十トンである。その運送代がそっくり馬方組合のふところに入るとなると強力組合は承知しないだろうと思った。 「しかし思い切ったことを計画したものだな」  葛木は七合八勺から頂上までの間を二トンブルドーザが登れるかどうかに疑問を感じながら云った。 「葛木さんが、大蔵省で雪線追従作戦という言葉をお使いになったそうですが、来年はその作戦をとるつもりなんです。七合八勺から頂上までのブルドーザ専用道路の道造りは既に始まっています」  神津は、得意気に云った。  葛木は、いまや完全に富士山レーダーの仕事は摂津電機の手中に握られているのだなと思った。  七合八勺から上のブルドーザ用の道造りは頂上の工事終了と同時に、主として強力組合の手によって始められた。道は御殿場口、七合八勺から大宮口八合目に出たところでさらに大きく蛇行しながら剣峰直下の馬の背に出る長い道であった。強力組合が道造りを請《うけ》負ったことは、明年のための発言権を保有しようとする意図のようであった。新道造りは十月末までに終った。  富士山頂の仕事は冬休みとなったが、富士山頂に備えつけるレーダー機械の製造はいよいよ本格的になった。  葛木は年を越えて二月になってすぐ、摂津電機の大阪工場へ機械製造の進捗《しんちよく》情況を見にいった。他の用務で、広島へ行った帰りに、なんらの予告なしに工場を訪れたのである。葛木の経験によると、中間の調査は予告なしに行った方が効果的であった。そのままの実情を見ることができるからであった。  工場の門で来意を告げているとき、自動車が門を出ていった。二人の男が乗っていた。手前は摂津電機の小野田で、奥の方に坐っている男の横顔が多摩電気の堂本に似ていた。ちらっと通りすがりに見た横顔だったから、堂本だかどうかを確認はできなかった。  応接間に案内された葛木は、部屋の隅の洗面器の前に立った。大阪で下車して真直ぐ来たのだからまだ顔を洗ってなかった。応接間の隅には立派な鏡と、洗面器があった。彼は腕をまくり、蛇口をひねった。水は出なかった。痰が白い洗面器の底に憎《にく》々しげに吐き捨ててあった。彼はそれを見て、すぐ堂本の顔を思い出した。さっき自動車で出ていったのは堂本に違いない、と思った。  葛木はひどくいらいらした態度で応接間の中を歩き廻っていた。この工場は初めてではなかった。何年か前に来たことがあったが、そのときは、よく管理された工場であった。が、今は水道のパイプがつまったように、工場のあちこちにネックができているのではなかろうか。富士山の基礎工事は終ったが機械の方はどうであろうか──。  彼は担当技師がつぎつぎと現われて挨拶したけれど、うつろな顔をしていた。どうかしましたかと訊かれると、夜行列車で眠れなかったと答えるだけだった。彼はお茶にも手を出さず、すぐに機械を見せてくれと頼んだ。  富士山レーダーの機械は、幾つかのセクションに分れて製作されつつあった。既に配線が終っているものもあったし、ランニングテストに入っている物もあった。どの機械の前にも、富士山レーダー五月完成という表示がしてあった。他の機械とはっきり区別してあるのは、この工場において富士山レーダーが別格な待遇を受けている証拠であった。荒木技師の顔にも梅原技師の顔にも、自信の色が動いていた。 「葛木さん、なにも心配することはありませんよ、受注してから取りつけるまではこっちの責任だ。まかして下さい。ちゃんと今年の九月までには、電波を発射できるようにしてごらんに入れますから」  梅原技師は白い歯を出して笑ってから 「そうそう葛木さんは、まだうちの富士山レーダー建設本部をごらんになっていないでしょう、御案内しましょう」 「建設本部なら、東京の本社でしょう」  葛木は東京にあるものだとばかり思いこんでいたからへんな顔をした。 「本社の営業なんかに任して置かれますか、あいつらになにが分る」  梅原技師は、すぐその言葉が、葛木に対してでないことを釈明《しやくめい》するように、ずっと丁寧《ていねい》なことばで 「建設本部には富士山レーダーに関するあらゆる情報が集っています。いわば、ここが作戦本部のようなものですね。今年の雪解けを待って、ブルドーザ作戦に切りかえを決定したのも、建設本部長です。そして、いつぞやの相模無線の横槍で、本社の小野田営業課長などが弱腰になったとき、オールオアナッシングだと社長に進言したのも建設本部長です」  梅原技師は工場長の部屋をノックした。浮田工場長が葛木を迎えた。富士山レーダー建設本部長は工場長であり、本部は工場長室に置かれていた。  そこに寺崎技師がいた。寺崎親吉はすぐ立上って、本社からこっちへ参りましたと挨拶した。葛木は本社の電気事業部にいた寺崎をよく知っていた。寺崎はすべてについて物やわらかな態度をとる男であり、寺崎の立居振舞いはベテラン技師というよりも牧師の姿を髣髴《ほうふつ》させた。  寺崎は葛木に挨拶すると直ぐ席に戻ってこまかなデータの書きこんだ紙片に向った。富士山レーダーについての表が壁に貼ってあったり、整理用のキャビネットにも、富士山レーダーの表示があった。 「去年の工事の監督は東成建設の伊石さんにお願いしましたが、今年はうちでやります。鼻っぱしらの強い男──。そうですね、梅原君のような人を現地へやるつもりです」  浮田工場長はそう云って笑った。午前中に一応、富士山関係の機械の進行状態の調査は終った。約七十パーセントは進行していた。なによりも浮田工場長の腰の入れ方が普通ではなかった。梅原の云うとおり、どこにも心配になるものはなかった。  二月になると、葛木の家の二階から富士山がよく見えた。彼はもし、予定どおり夏中にレーダー観測塔が完成したならば、九メートルも背を伸した富士山頂のその白いドームの輝きを早ければ九月、おそくとも十月には望遠鏡で見ることができるだろうと思った。     6  気象庁の新庁舎は三月に完成した。  風の強い日に引越しが行われた。葛木は十数年間住み馴れた物置庁舎を離れて新庁舎北側六階に引越した。なんの未練もなかった。外濠から吹き上げて来る悪臭と、年に数回、周期的に襲って来て、床板を喰いやぶり、机に穴を明け、書類に小便をかけ、多量の蚤《のみ》を置いていく、兎大のドブネズミとの鬼ごっこをしないですむことだけでも嬉しいことであった。こんなボロ庁舎に長い間よく我慢していたものだと思った。  新しい部屋の窓から見るとすぐ下を完成日を間近にした高速道路一号線が走っていた。その向うに神田の町並みがつづいていた。  新庁舎に引越して数日後に、前線が通過したあと、強い西風が吹いて、上空のスモッグ層を吹きとばした。退庁時刻近くになって夕焼けの富士が西の空に姿を現わした。  皇居の森を越えて向うの紀尾井町あたりに新築中のホテルが富士山の見透し線上にひっかかることを発見したのは和泉《いずみ》係長であった。  オリンピックを当てこんでそこに二十階建てのホテルが建てられることは新聞で知っていたが、まさかそれが、富士山と気象庁との見透し線上にできるとは考えてもいなかった。  葛木は、その迂闊《うかつ》さに震えるほど自責感を覚えた。ホテルの建築現場は、旧庁舎からは見えなかった、が、その新しいホテルの計画が新聞に出たときには、もしやという疑念で、定規と地図を持つべきであった。  測器課員は地図や磁石や計算尺を持って、新庁舎の九階の屋上に出た。その壁には富士山から送られてくる電波を受信するための大パラボラアンテナが取りつけられることになっていた。  彼等はパラボラアンテナ取付予定位置に立って富士山を見た。建設中のホテルの足場は、夕焼け富士の半ばにかかっていた。皇居の森の向うに、高々とその背を伸しつつあるホテルは、まるで富士山レーダーと気象庁との縁を断ち切る目的で位置の選定がなされたように、更にその高さを伸そうとしていた。  もしそのホテルによって富士山の電波が遮断されたならば、東京気象庁で、富士山レーダーを遠隔操縦して、東京に居ながらにして、富士山頂で観測したレーダーの映像をキャッチすることはできない。その心配は、富士山レーダーの予算内示の直後に、富士山頂八岳のうち、伊豆岳が、富士山東京間の見透しをさえぎるのではないかと心配された以上に憂慮すべきものであった。着工以前に、調査の不手際が発見されたならば、予算返上という手がないでもなかった。少くとも国家に損害をかけないでも済んだ。だが、既にここまで進んで来て、電波を通さないということになった場合は、富士山レーダーは、孤高な置物として富士山に残ることになり、その利用価値が半減することは明らかであった。  建築物を守る法律の方が電波を守る法律より優先するように考えられている日本においては、このような場合ホテルの階層を制限して電波を通すというようなことは考えられなかった。  葛木の足が、慄《ふる》えた。新しいホテルの進出によって、富士山レーダーの夢は崩れ去っていくような気がした。  和泉係長は、そのホテルの完成時の階層を、およそ二十階、一階の高さ三・五メートルとして、七十メートルという数字を出し、地図上の海抜三十メートルを加えて、障害物の高さ百メートルを出し、そのデータを富士山と気象庁間の見透し断面図に入れて計算して見ると、電波はホテルの上を数メートルの余裕を残して通るという答えが出た。 「どうします。課長」  井川調査官が云った。 「現場に行って、正確な高さを聞くより方法はないだろう」  葛木は、屋上屋を重ねて、いまにも富士山の上に出そうに見える勢いで足場を組んでいるホテルを凝視《ぎようし》した。  ホテルの建設現場に近よると、高いところから、あらゆる騒音が入り乱れて葛木の頭上に降りそそいだ。葛木は建築事務所の階段を暗い気持で一歩一歩登っていった。葛木のあとにつづく、井川も和泉もだまりこくっていた。  階段を登りつめたところで、黄色い作業帽をかぶった男に会った。見たような顔だなと思った。 「葛木さんじゃあないですか」  東成建設の伊石八郎であった。去年の夏、富士山で働いていたときは赤銅《しやくどう》色に日に焼けて高山病の浮腫《むくみ》のために、丸い顔をしていたが、いまは浮腫は引けているし、顔色も黒い方ではなかった。 「なにから先に話していいのかな」  葛木はそう前置きしてから 「この建物が富士山からの電波の邪魔になりはしないかと心配になって、この建物の正確な高さを調べに来たんです」 「富士山の邪魔になる?」  伊石はひどくびっくりしたようであった。彼は三人を事務室に案内すると、すぐ図面を持って来て説明した。 「あとは、最上層に回転展望台《ターン・テーブル》を作るだけで、それ以上高くする予定はありません。このホテルの階層数は回転展望台を含めて十七階、地上からの高さは七十二・〇九メートル、海抜高度百二メートルとなります。位置は千代田区紀尾井町四番地です」  伊石八郎がそのデータを示したとき葛木は、眼の前が一瞬明るくなり、すぐ全身から力が抜けていくのを感じた。葛木はその心の動揺を強《し》いておさえようとするかのように、もうほとんど計算の要がないほど結果が明瞭であるにもかかわらず、ていねいに計算尺を動かしている和泉の手元を見つめていた。和泉が気象庁の屋上で計算したときの障害物の高さは百メートルであり、伊石八郎の示した百二メートルとは近似値であった。 「大丈夫です。ホテルは電波の障害にはなりません」  和泉は自信ありげに云った。 「いや、こっちがびっくりしましたよ、まさかこのホテルが富士山レーダーと関係あるとはね」  伊石は去年の秋富士山をおりてから、心臓肥大症の治療のため、しばらく入院生活を送っていた。ようやく軽い作業に耐えられるようになってから、このホテルの工事の応援に来ていたのである。 「今年も富士山へ行っていただけるでしょうね」  葛木は、伊石に云った。この男がいたから、レーダー観測塔の基礎工事は終ったのである。富士山の事情を知っている彼に今年もぜひやって貰いたかった。 「ということは、ぼくに死ねと云うようなものですよ、葛木さん」  そして伊石は、そこにいる三人に向って云った。 「われわれの仕事は、お役所とは違うんです。お役所なら、できないでも済まされるが、われわれは引き受けた以上やらねばならないんです。生命を賭けるなどと時代がかった言葉を使いたくはないけれど、そういう結果になる仕事も実際にあるんです。理|窟《くつ》じゃあないんです」  伊石はおそろしい眼つきで葛木を睨んだ。     7  桜が散って十日も経たないころ、葛木は、寺崎技師と伊石八郎の訪問を受けた。寺崎と伊石が連れ立って来たことが富士山レーダーの工事に関係するのは間違いないが、その二人の組合わせの内容を具体的に予想することはできなかった。二人は顔を見合わせて、しばらくは来意を告げなかった。むずかしい技術的な問題を持って来たのではないらしかった。ふたりはたがいに発言権を譲り合っているようでもあった。結局寺崎が発言した。 「今年の富士山レーダーの現地の責任者は私と云うことになりました」  寺崎はまぶしそうな顔をしながらそれだけやっと云うと、あとを伊石に譲った。 「私は、御免を蒙りたいと思っていましたが、やはり去年からのいきがかり上やらないわけにはいかなくなりました。今年もまた山へ登ります」  伊石は、きっと口を結んで、なにか適切な発言を期待するように葛木の顔を見た。 「そうですか、それはごくろう様です。よろしくお願いいたします。それで現地へは……」  寺崎に向って聞くと 「これから直ぐ御殿場へ参ります」  寺崎の眼鏡が光った。 「富士山へ登るんですか、まだ雪が残っていますよ」 「測候所の交替員の方たちと一緒に登ろうと思っています」  寺崎は持って来た大型封筒の中から、工事日程表を出して葛木に渡すと、別にその内容に触れようともせず、来たときよりもさらに慇懃《いんぎん》な挨拶をして、伊石と肩を並べて出ていった。  葛木は浮田工場長が鼻っぱしらの強い梅原技師を現場の責任者にしようと云っていたことから、今年の富士山レーダーの総|監督《かんとく》は梅原だと心に決めていた。梅原と寺崎では正反対な性格に見えた。  二人の性格のうちどっちが今年の仕事に適当であるかは葛木の予断すべきことではなかったが、見掛上、寺崎は、責任者としていささか温厚過ぎるように考えられた。  寺崎は御殿場につくと、まず旅館を選定して、そこに摂津電機富士山レーダー建設本部御殿場支所の看板をかかげた。寺崎がここに居をかまえて、三日目には、摂津重工に富士山用として特注したスーパーチャージ方式の七トンブルドーザ三台と二トンブル二台が到着した。  寺崎は、五台のブルドーザを率いて御殿場口太郎坊に行き、そこを基地として試運転にかかった。ごくまれに晴れ間を見せる富士山の七合目より上には雪があった。  新型ブルドーザが、試運転を開始したころ、寺崎は、馬方組合長の大熊朝吉と強力組合長の勝又五郎の訪問を別々に受けた。両方ともブルドーザを借りて、富士山頂の荷揚げをやりたいという意向を洩らした。大熊朝吉はブルドーザを富士山に持ちこむことに成功したいきさつを何回も繰返してから、五台の借用と、太郎坊から頂上までの荷揚げを希望したのに対して、勝又五郎は、七合八勺から頂上までの荷揚げ権は古来強力組合に属《ぞく》するものであることを述べ立てて、七合八勺から頂上までの荷揚げに予定されている二トンブルドーザ二台の借用を申し出た。  寺崎は二人を帰して、すぐあと富士山測候所御殿場事務室に連絡をとって、藤巻所長と会った。 「馬方組合と強力組合の縄張りはかなりはっきりしています。それに、今度の場合、七合八勺から頂上までの道造りは強力組合でやっています。だが、ここで両者に別々にブルドーザを貸して荷揚げ契約《けいやく》を結ぶとなると、馬方対強力の対立はあとまで尾を引くことになります。やはりこの際、馬方組合と強力組合を一体にすることですな、それができたら、仕事ははかどります」  寺崎は藤巻所長の言を入れて、翌朝、大熊朝吉と勝又五郎を呼んで云った。 「御殿場馬方組合と御殿場強力組合が合同して一つの輸送会社を設立するならば、摂津電機はその会社に五台の新型ブルドーザを貸与して二百五十トンの荷揚げの仕事を任せることを約束しよう。荷揚げ料金は太郎坊から頂上まで通して、一キロ当り六十六円、約一千七百万円の予算は用意しています。一週間以内に回答を持って来ない場合は、輸送のいっさいは摂津電機独自でやることにします」  一週間後に両者が来て、ほぼ合同の方向に歩みよって来たから、あと三日待ってくれと云った。  五月一日、富士山輸送組合が誕生《たんじよう》した。組合長は、富士山にブルドーザを入れることに着目した功績を認められて大熊朝吉がなり、副組合長に勝又五郎が就任した。  室町時代以来の歴史を有する富士山南口の馬方組合と強力組合は事実上解消した。馬方、強力という名もその日を境に富士山から消えた。摂津電機と富士山輸送組合との間に細部についての取りきめがなされた。  一冬の間にすっかり荒れ果てたブルドーザ専用道路が富士山輸送組合の手によって修復《しゆうふく》されていった。新型ブルドーザは雪の消えるのを追うように上へ上へと登っていった。  六月になっても、頂上附近には残雪があった。ブルドーザの道は残雪を排除して作られた。  寺崎はスケジュールの虫のように動いていた。彼はパート工程方式(PROGRAM EVALUATION AND REVIEW TECHNIQUE)を信じていた。主幹工程進行の路線につながる個々のテーマの技術路線は、限りなくつづき、テーマ番号を丸でかこみ、線で接続した工程表は、複雑怪奇な細胞組織《さいぼうそしき》を解析《かいせき》した図表のようであった。  彼はそのひとつの細部テーマに遅滞《ちたい》が生ずることは、工程全域にわたって支障をきたすことだという確信のようなものを持っていた。  彼のパート工程表によると六月十日には富士山頂に作業員宿舎が完成することになっていた。寺崎は工程表どおりに仕事をすすめようとした。二トンブルドーザは、七合八勺から頂上に向って、そろそろと動いていた。山肌は水分を含みすぎていて地盤はやわらかだった。不意の落石や地崩れ、それに残雪の道を通るときはスリップの危険があった。それでもおっかなびっくり、二、三度頂上との間を往復すると、危険感はそれほどなくなった。  その日寺崎は、夜明け前から吹き出した風が朝になってもいっこう止みそうにないのを気にしながら、七合八勺の小屋で、工程表を見つめていた。六月十日はあと四日後に迫っていた。  風は十メートルを越していた。時々突風はあったが高曇りの梅雨空で箱根から伊豆にかけての山々は積雲におおわれていた。  寺崎は頂上の測候所と連絡をとって、天気は午前中はこのままでいるだろうという情報を聞くと、二トンブルドーザ二台に建設資材を積んで七合八勺を出発させた。後のブルドーザに作業員の小寺を乗せた。  御殿場口から大宮口の斜面にかかったころから風が強くなったが、ブルドーザの進行にさしさわるものではなかった。  大宮口の南斜面に入って、二度目の曲り角にさしかかったとき、その上部にかなりの面積を持った板状の残雪が見えた。残雪の底部が雨に洗い流されて、スコップでも突込んでさらい取ったような隙《すき》間ができていた。  小寺は先進するブルドーザに、そのブロック状の残雪に注意するように呼び掛けたが、ブルドーザの轟音と逆風が彼の声をさえぎった。  先行するブルドーザは板状残雪の下をなんのこともなしに過ぎ去った。ブルドーザの道の下に細長い雪渓が残っていた。彼はもしブルドーザが、そのあたりで横転したら、雪渓上を百メートルも滑り落ちることになるだろうと考えた。彼は運転台に坐っている野木正雄の耳元に口をつけて気をつけるように云った。  野木は、その意をすぐ了解したようだった。坐り直して、いまにも崩れ落ちそうな恰好をしている板状雪塊に眼をくれたが、速度は変えずに、そのまま進んでいった。  小寺は板状雪塊の中ほどに亀裂《きれつ》が入っているのを横目で見ながら、もしかすると、その亀裂は先行したブルドーザの震動《しんどう》によってできたものかもしれないと思った。もしそうだとしたらと考えているとき、その亀裂が僅かに開いたように感じた。次の瞬間彼は白い流れが、一度に襲いかかって来るのを見た。  ブルドーザは板状雪塊を横腹に受けるとたわいないほどあっけなく、横転した。小寺は、運転中の野木正雄の呼ぶ声と、彼が着ている赤いアノラックが、残雪の上を滑っていくのを見た。  小寺は首の骨が折れるほど痛いのを感ずると眼の前が真暗になり、なにか、ひどく、ざらざらと身体中にまつわりつくような抵抗体の中を滑っていた。息ができなかった。滑りが止って、ひといきついたそのときまで、彼は残雪の中を頭を先にして滑っていることに気がついていなかった。五十メートルか百メートル滑落したような気がしたが、実際は腐れ雪の中を十メートルほど滑っただけであった。小寺は野木正雄に引きおこされると、しばらくは雪の中に坐ってなにが起きたかを考えていた。ブルドーザは横転したまま二メートルほど滑ってそこで止っていた。  先行して行ったブルドーザを運転していた山田が、腐れ雪の上をなにか叫びながら走りおりて来た。 「小寺さん、大丈夫ですか」 「大丈夫だ、すぐ七合八勺へいって、小屋にいる連中を全部呼んで来てくれ、ブルを引き出すのだ。ザイルとスコップを忘れるな」  小寺はそのときになって右頬に生温いものを感じた。頬に受けた擦過《さつか》傷はたいした痛みがなかったが、首が痛かった。 「煙草をくれないか」  小寺は、その事故を、運転手の責任のように思いこんで、いまにも泣き出しそうな顔をしている野木正雄に云った。  富士山頂にはまだ残雪があり、このしろ池(浅間神社西側の凹地)には厚い氷が張っていた。  浅間神社の裏の雪が取り除かれて、そこに作業員宿舎の建設がはじまった。  カマボコ型、保温式布張り鉄骨宿舎三棟が予定より三日遅れて完成した。カマボコ型の宿舎の床は板張りで中央に二つの重油ストーブが置かれ、両側に二段式ベッドが並んでいた。食堂は第三宿舎に設けられた。宿舎の収容人員は常時七十名、通路に折りたたみ式ベッドを持ち込むと百名の作業員が収容可能であった。  用水汲み上げ用の動力ポンプが取りつけられ、噴火口の底まで二百メートルの配水管が施設された。噴火口の底には一年中湧水があった。  作業員宿舎ができて、給食施設が完備すると、倉沢コック長以下三人のコックが富士山頂に到着した。そして、五日後には、三十人の作業員が宿舎に入って、二トンブルドーザの終点の馬の背から、高度差にして四十メートル、距離は二百メートルの間に、荷揚用の索道作りの工事が始められた。荷揚用索道ができれば、資材のいっさいは人の背を借りず下界から富士山頂まで運び上げられることになった。  作業員は、医師の健康診断を受け、富士山の作業に耐え得ると見|做《な》された二十代の若者ばかりであった。  作業員宿舎には明るい電灯がつき、テレビ、ラジオが設けられた。食事は、生鮮食料を主とした献立《こんだて》であり、食器は、すべて紙食器《ポイツト》が用いられ、使用後は焼却された。  昭和三十八年度の経験を参考にして、作業能力を高めるためには、生活|環境《かんきよう》をよくする以外はないという結論のもとに立案されたものであった。  日給は下界の倍、食費無料、十日に一回(二日間)下界へ休養のため下山(往復はブルドーザ使用)この休養中も日給は支払うし、休養施設は御殿場に宿を一軒借りあげていた。  富士山頂へのブルドーザによる輸送と工事は七月に入ると本格的になった。梅雨末期の豪雨の中を、ザイルにつながって富士山頂と宿舎間を往復する作業員の姿が見えた。     8  葛木章一は文興通信社の手島と原田の訪問を受けたときは二階の書斎に居た。ものを書く状態に置かれないまま、書斎に押しあげられている感じであった。原稿用紙に向っても、富士山頂でなされている工事のことが頭に浮んだ。  黄色いヘルメットをかぶって立働く作業員。頂上直下の馬の背までブルドーザで運び上げられた荷物が、そこから、頂上まで索道で引き上げられていく光景。そういうことが断片的に頭に浮んだ。妻のしげに文興通信社の二人が来たことを知らされると、葛木はぎょっとした。文興通信社は地方新聞に新聞小説を斡旋《あつせん》する会社であった。以前にこの通信社を通して地方紙に連載小説を書いたことがあった。  日曜にもかかわらず、社員が二人で来たことは葛木になにかしらの緊張感を与えた。新聞小説の依頼ならば断固《だんこ》ことわろう。葛木は階段を途中までおりたところでそう決心していた。断固ことわる理由は時間がないからであった。ここのところ、月五、六十枚がせいぜいであって、新聞を引き受けるとすると、月百枚ふえることになる。その余裕はとてもなかった。時間的に追いつめられているのではなく、小説に打ちこむ心の余裕がでて来ないのである。 「広い庭ですね」  と手島はまず庭を讃《ほ》めた。 「富士山のお仕事がたいへんなようですね」  と原田は云った。そしてふたりは勤め先へ行っては悪いから、日曜を選んで出て来たのだと云った。予期したとおり新聞小説の依頼であった。 「お引き受けいただくとすると十月からになります。ですから原稿は九月半ばころからいただくことになるでしょう」 「えらい急な話だね」  おそらくなんらかの原因で執筆者の予定が狂ったために、話を持ちこんだのだろうと思った。よくあることだった。  葛木は頭の中で結論がついていることを、うまく表現することに苦しんだ。時間がないのではなく、書けないのだと云いたくはなかった。書けないということは自らの作家としての立場を否定することであった。書けない理由を、彼等に納得させるには、結局は富士山を出さねばならなかった。原稿をことわる理由に富士山を出したことは何度かあった。相手はそれで納得しても、後にしこりは残った。それが単なる云いわけであって、ほんとうは書けないのだと思われそうで不安だった。富士山さえ取り除けば、彼は以前と同じペースで書ける筈であった。十年間の経験が、そう簡単にまげられるものではなかった。だが、富士山は彼自身でもよく分らないほど彼を圧していた。 「どうしても、だめなら、どなたか他の方にお願いにいくよりいたし方がありませんが……」  手島は原田の発言をうながすように彼の方を見た。 「とにかく、もう一日、二日、お考えいただきたいのですが」  原田が云った。 「考える?」  葛木は応接間の絨毯《じゆうたん》に眼を落した。彼のスリッパが花模様の中心を踏んでいた。葛木は、足の位置をかえて云った。 「考えても無駄です。やはり書けません」 「そうですか……でも私たちは二日間お待ちします。またお伺いいたします」  原田はそう云うと手島と顔を見合わせて、出ていった。 「とうとう作家の看板をおろしたってわけ?」  妻のしげが皮肉を云うのを聞きながら葛木はひとりで応接間に残っていた。要するに人間の頭も機械なのだ。ひとつ大きな仕事をやり出すと、ほかの仕事はできない──つまり能力の問題ね。しげにそう云われそうだった。  昭和三十九年は東北から北海道にかけては冷夏であったが、富士山は例年になく晴天に恵まれた。工事は急ピッチで進められていった。天候が安定すると、ブルドーザと並行して、去年と同じようにヘリコプターの輸送が始まった。  レーダー観測塔のパネルは、組み立てられていき、その中に取りつけられる機械も、荷揚げされていった。頂上は荷物で足の踏み場もなかった。もっとも心配されることはレーダー観測塔完成以前に台風に襲われることであった。  葛木は、彼のそのころの日課のように、富士山頂との無線電話連絡によって工事の進捗《しんちよく》状態を聞いては、その帰途、予報課の現業を廻って天気図を覗きこんだ。台風の季節になっていたから、台風は次々と発生したが、不思議に北上してくるものはなかった。中国大陸にそれるものが多かった。 「あと一週間でレーダー観測塔が完成します。そうすれば八分どおり富士山レーダーは完成したようなものですな」  井川調査官が云った。 「八分どおりね」  井川が、レーダー観測塔完成を以て、八分どおり完成だという根拠はどこにあるか分らなかったが、そう云われると、なにかそのような気がした。 「あと一週間というと八月十日、すると、機械の搬入が終るのが八月いっぱい、機械の調整、電波発射は九月の半ばということになるわけか」 「そうです。完成は九月の半ばですね」  葛木には、九月半ば完成ということばと文興通信社の手島が云った九月半ばごろから原稿が欲しいと云ったことばを、接続して考えた。  富士山の方が目鼻がつきさえしたら、新聞小説の方はやれるかもしれない。そのときは、ふとそのように考えただけだったが、九月半ばという接続点は時間経過とともに点ではなくなり、まだ引き受けてもいない新聞小説の構成が、彼の頭の中のどこかで組立て始められていた。午後五時半に庁舎を出たときは、途中の公衆電話から、文興通信社に電話を掛けようかと思ったほどであった。  葛木は家の敷居《しきい》をまたいだ。  やはり新聞小説は引き受けるべきだと思った。富士山の仕事が終れば、精神的に余裕は出て来るだろうし、書きたいという意欲はおそらく、この二年間の空白を埋めて尚余りがあるだけの高潮度を示すだろうと思った。  彼は電話機のダイヤルを廻した。 「文興通信です」  原田のやや甲《かん》高い声が聞えた。その声はすこぶる事務的であった。以前に、葛木が、文興通信の仕事をしていたときも、この原田の声を何度か聞いた。この声との交渉が始まると、その仕事の枠から逃げ出すことはできなくなるのだ。こちらがいかなる状態であろうが、その声の前には、決った期日までに、きまった枚数の原稿を揃えねばならない。 「もしもし、こちら文興通信社ですが」  そして原田は、へんだなと云って電話を切った。  葛木は再びダイヤルを廻そうとはしなかった。原田の声を聞くとまた気が変った。富士山レーダーはこれからだ。やっと、機械を収容するレーダー観測塔ができるところなんだ。八十パーセント完成どころの話ではない。  複雑多岐な構造を持った機械が持ちこまれ、二メガワットという、日本における最大出力の電波が、最高所から撒き散らされるのだ。世界一の気象レーダーが誕生するのだ。  葛木は、多摩電気の堂本の顔を思い浮べた。うまくいったらお目出とうをいいに来ましょうと憎々しげに云った堂本の顔を突然思い出した。堂本の顔が、いかめしい電波庁の建物と結ばれた。電波庁の芳野第五係長の顔が堂本と並立した。気象援助業務局(気象レーダー局)として、名実共に富士山レーダーが一本立ちするまでには、尚、複雑な問題が発生しそうな気がした。  富士山レーダーの真の意味の完成は、それらのあらゆる問題を処理して、気象援助業務局の免状を与えられたときであった。電波検査に合格して免許を得なければ運転はできなかった。  その日はまだまだ遠いような気がした。 「どこへ電話をおかけになったの」  葛木は、それには答えずしげに背を向けて、二階の書斎への階段を登ろうとした。その葛木の背に、しげが投げかけるように云った。 「二階から富士山は見えなくなるかもしれないわよ、銀行の建築が始まったから──」  葛木は二階にかけ上って見た。たしかに富士山の見える方向に夜でも仕事をつづけているらしく、照明灯が輝いていた。     9  鉄骨組立式建物は、鋼板パネル、鋼枠、鋼板の補強リブ、および筋違いの四種の基礎材料を必要とする。これらの材料が揃えば、あとの組立工事は、比較的敏速に行われるところに特徴がある。  レーダー観測塔の基礎工事は昭和三十八年度に終っていたから、三十九年度は、基礎の上に順々に鋼板パネルをつぎたしていって、直径、九メートル、高さ、六・五メートルの十六面円筒型建物を作り、その上に、レーダードームを帽子のようにかぶせることによって、レーダー観測塔は完成することになっていた。  昭和三十九年はブルドーザによる輸送方法が成功して材料の荷揚げは順調に運び、八月に入って間もなく、十六面円筒型建物が完成した。ヘリコプターから見ると、富士山頂に茶筒の化物が出現したようであった。あとはレーダードームをその上に載せる仕事が残った。  レーダードームは巨大な鳥籠を思わせる形状をしていた。直径九メートル、高さ七メートル、重量は約六百キログラムあった。鳥籠の網の目は三角形の多面体になっていた。この鳥籠型レーダードームを円筒型建物の上に載せ、鳥籠の網の目を、ガラス繊維入りのポリエステル樹脂のパネルでふさぐことになった。  この巨大な鳥籠は当初からヘリコプターによって吊り上げるという計画のもとに設計され製造されていた。事実上、日本で一番強風を受ける可能性のあるところに使用されるのだから、その強度については、苛酷なほどの条件をしいられた。これだけは組立式ではいけなかった。地上で念を入れた熔接をした上、厳重な検査をして、傷つけないようにそのまま頂上に運び上げねばならなかった。鳥籠型レーダードームの重量六百キログラムは、ヘリコプターの搭載《とうさい》重量の限界であった。頂上へ吊り上げても、これを、円筒状建物の上にうまく置けるかどうかということがまた問題であった。  六百キログラムの物体を人力で容易に動かすことはできなかった。下手をして落せば、下界までころがっていくおそれがあった。そうかといって、この六百キログラムのものを吊り上げる起重機を富士山へ持ち揚げることはできなかった。起重機を置く余地もなし、もし起重機にたよるとすれば、それ専用の起重機を、輸送可能重量の単体に分離設計製造し、頂上に運び上げ、組立てねばならなかった。  ヘリコプターを起重機がわりにしようという考えが出たときに、それは暴論だとして否定された。だが、結局はそれしかなかった。しかも、このことはシコルスキーS62の性能よりも、それを操縦するパイロットの操縦技術にすべては依存されることになった。  ヘリコプターは鳥籠型レーダードームを円筒型建物の上へ運んで来て、すぐにおろさず、その位置と向きを決定するためにしばらく停止飛行《ホーバーリング》しなければならない。乱気流の伏兵がいつ出て来るか分らない富士山頂においては至難のことであった。だが、あらゆる点を考慮した結果、これ以外に方法はなかった。  問題の鳥籠型大レーダードームは富士宮のヘリポートに運ばれて来ていた。  中林運航部長は八月に入るとすぐ富士山頂へ行って、十六面円筒型建物の上部の型紙を取って来て、富士宮ヘリポートに、高さ五メートルの木製模型台を作った。  地上の準備ができると、中林は、富士山頂の仕事にもっとも馴れた作業員の稲田と小寺を富士宮ヘリポートに連れて来た。  鳥籠型レーダードームの骨は練習中傷つけられないように一本一本テープで巻かれた。 「ヘリコプターの重量は制限いっぱいだから空中停止はできない。静かに近づいていって|置き逃げ《エスケープ》するしか手はない。あなたたちの仕事は、鳥籠が頭上に近づいたとき、模型台の穴の中からとび出して、鳥籠の位置を修正することだ。つまり鳥籠が模型台におろされるまでに鳥籠に結んである赤リボンのところを模型台の赤印の上に合わせる練習をして貰いたいのだ」  そして中林は操縦士の加田雄平に向って手を上げた。  加田はシコルスキーS62型ヘリコプターに搭乗すると、鳥籠を吊り上げて飛行場を一周してから模型台に近づいていった。鳥籠の対角線に赤いリボンがつけてあった。その赤いリボンを模型台の上の赤印の上に持って来ると、その下にいる、稲田と小寺がすばやく赤リボンを模型台の上の赤印に合わせた。稲田と小寺のほか数人が手伝った。この練習は風の条件が違った日に三日間にわたって行われた。  この仕事は機上の人と地上の人の呼吸がぴったり合わないとうまくいかない仕事だった。練習は何回も繰り返された。  鳥籠は目標の上にほとんどぴったりとおろせるようになった。稲田と小寺はヘリコプターに乗って頂上に帰った。あとは天候待ちであった。  建築材料を運搬したときは、最大風速二十二メートルまではなんとかして飛んだ。が、鳥籠型レーダードーム吊り上げの曲芸を演ずる日は、快晴であり、風速五メートル以上十メートル以内が要求された。富士山頂は年平均風速十五メートルという風の強いところであったが、八月は一年のうちでもっとも風が弱く、平均風速七メートルであった。  八月十日から準備態勢に入ったが、その日はなかなかやって来なかった。天気がよいと、風が強かった。風が強いと乱流が起る。風が弱いと、曇っていた。  頂上の浅間神社の裏のカマボコ宿舎では、毎日首脳部の間で協議がなされていた。レーダードームの完成直前に暴風に襲われることが一番おそろしかった。  毎年夏期に一度や二度、富士山頂が大暴風雨に襲われることは既定の事実であった。富士山頂における暴風は想像を絶するほどものすごいものであった。昭和三十九年にかぎって、それまで、大暴風雨が来なかったことがむしろ不思議であった。  八月十二日、それまで南方洋上にあった台風が徐々に北上を始めた。 「台風が来たら、ひどい目に会うだろう。その前に、多少の危険を冒しても、鳥籠吊り上げを実施すべきである」  その強行説を唱えたのは梅原技師であった。 「ここまで来て、無理をすることはない。台風が来るならば、鳥籠吊り上げはやめて、台風防衛策をとるべきである」  と云うのは荒木技師であった。  台風防衛策をとるとすれば、現在建築中の建物の上に蓋《ふた》をした上に、そのまわりをシートで覆いをしなければならなかった。  そうしないと強風に煽られて鉄骨パネルが吹きとばされるおそれがあった。それはまたたいへんに手数がかかることであった。  八月十三日になって台風は鳥島の南方に迫った。その日はときどき驟雨《しゆうう》が頂上を襲った。  それまでなんらの意見を云わずに沈黙していた寺崎技師がはじめて口を開いた。 「台風防衛対策をとろう。やむを得ない」  寺崎が云うまでもなく、そこまで来たら、それよりほかにやりようがなかった。  レーダードーム吊り上げに協力するために、深田補佐官と神津は十三日以降気象庁予報課に泊りこんで、富士山頂測候所に気象情報を連続的に知らせていた。十三日、葛木は、御殿場へ行った。富士山へ登るつもりだったが、藤巻所長に引きとめられた。 「頂上は人でいっぱいだ。測候所には三十人もの人が泊っているし、カマボコ宿舎には百三十人もの人がつめこまれている。いまあなたが行ったところで、なんの役にも立たないばかりか邪魔をするようなものですよ、まず心配は要りませんね、あの寺崎総監督はきっとうまくやりますよ」  藤巻は雲にかくれた富士山を見上げて云った。  八月十四日になった。鳥島まで来た台風はそこで北上をやめて、西に向って徐々に動き出した。その日富士山は静穏であった。  八月十四日の夜、寺崎技師と荒木技師は富士山測候所の無線電話の前に坐って、一時間置きに、気象庁から云って来る深田補佐官の台風情報を待っていた。  寺崎も荒木もここ数日、ほとんど眠っていなかった。電話が来るまでの間は、床の上に倒れて眠った。  八月十四日の十一時過ぎに深田からの無線電話があった。 「台風の心配は完全になくなりました。やるとしたら明日ですね、なるべく早い方がいい、おそくなると風が出ます」 「明日ですね、明日の早朝ですね」  寺崎は片通話の無線機に向って怒鳴った。 「そうです、朝のうちの二時間か三時間が勝負のように考えられます」  寺崎は気象のことは分らなかったが、専門家の深田がそう云ってくれたことによって、心は決った。寺崎は携帯無線電話で富士宮ヘリポート基地を呼んで、明朝決行を命じた。そしてすぐ御殿場基地を呼んだが、そのころからはげしい雑音が入って連絡が取れなかった。ふたりは夏期の間だけ臨時に東安の河原に開局されている電話局の戸を叩いた。御殿場基地を呼んで、明朝吊り上げ決行を知らせると身体中から力が抜けた。  電話局を出たところで、寺崎ははげしく嘔吐《おうと》した。荒木と寺崎は砂の上に腰をおろした。 「おい寺崎、なんだか星の輝きが気になるな」  ふたりは星を眺めた。潤《うる》んだ星の色であった。台風が持って来た水蒸気の影響のように思われた。だが、ふたりはもう迷わなかった。サイコロは投げられた。 「作業員は何時に起そうか」  荒木が云った。 「可哀そうだが二時に起そう、そうしないと、間に合わないだろう。台風防衛対策のために、ひどく厳重にふたをしてしまったからな」  そして寺崎は立ちかけた荒木に云った。 「だが、稲田と小寺はなるべく起さない方がいいぞ、レーダードーム取りつけの瞬間はあのふたりの眼と手によって決るのだからな、あの二人は明日の主役だ」  神社も、神社の前の石室も、あかりは見えたが、しんと静まりかえっていた。 「そうだ、しかし、心配だな、この無風というやつは、それに富士山としては暖か過ぎるぞ」  荒木はそう云いながら夜空を見上げた。     10  昭和三十九年八月十五日、富士山は朝靄の中に明けた。五合目から上は晴れていたが、下界は濃い朝靄に包まれていた。気になるような積雲はどこにもなく、高い空に巻雲が一筋、南北に走っていた。富士山頂の風速計はその風杯のひとつひとつがはっきり見えるほど静かに廻転していた。  午前二時に起きて、台風防衛のために十六面体円筒に取りつけたおおいをすべて取り払って、受入れ準備を完了した作業員たちは、シートにくるまって、その場に死んだように眠っていた。風はなかったが頂上は摂氏八度、涼しいというよりも寒かった。  六時になると靄の拡散が始まった。富士山麓を取り巻いていたその靄とも霧ともつかないものはどこともなく消えていって、そのかわり、はっきりと雲とわかるだけの濃度を持ったものが、富士山の周囲に現われ始めた。  富士山頂と富士宮ヘリポートとの間には携帯用無線電話によって連絡が取られた。有視界飛行は間もなくできる見とおしがついた。  六時三十分、赤く塗ったヘリコプター三機がレーダードームの中に収容するレーダーパラボラアンテナの運搬にかかった。レーダーパラボラは三個に分解され、一機が一個ずつ運び上げることになっていた。組み上げるとそのレーダーアンテナは直径五メートルになった。富士山頂には人の動きが激しくなった。仮眠をとった作業員は起き上ってそれぞれの部署についた。人々はいよいよそのときが来たことを知った。  その輸送は三機を連続発進させて、七時二十分には終了した。  三機によって頂上附近の気象状態はヘリポートにもたらされた。風速は富士山頂としては弱い方で、七、八メートルであったが、やや風に乱れがあり、風に息があった。鳥籠吊り上げには、最上という条件ではなかった。 「頂上西風七メートル、附近に雲なし」  その無線電話連絡を聞きながら、富士宮ヘリポートの基地の中林運航部長は富士山を睨んだままだった。  中林は富士山頂からの気象情況を聞くたびに、ヘリポート基地のピットの上の風向風速計に眼をやった。それは動いていなかった。 「頂上西風六メートル、附近に雲がやや多くなってきました。五合目附近積雲浮上、レーダードーム吊り上げはまだですか、いまが絶好だと思いますが……どうぞ」  頂上で待つ人たちの気持はそのまま電波に乗ってヘリポートにとどいた。 「了解、了解、基地ではただいま準備中です、間もなく発進します」  中林はそう云ってから時計を見た。七時四十分であった。  中林は赤色のヘリコプターに向って左手を上げた。 「誘導機出発」  の合図だった。さっき、頂上まで、パラボラアンテナを運んだ三機は次々と基地を飛立った。誘導機三機のあとを、報道関係のヘリコプター六機がつづいた。 「富士山頂、富士山頂、こちらは富士宮基地、現在の気象情況をどうぞ」  中林は頂上に呼びかけた。 「西風五メートル、天気、見透しすべてよし、どうぞ」  富士山頂からの声は明らかに、ヘリポートからの鳥籠吊り上げをいそがせる声に変っていた。 「了解しました。ただちにシコルスキーS62を発進させます」  中林は、シコルスキーS62の胴体に手をかけて、富士山頂を見上げている加田操縦士の方へ悠々とした足取りで、近づいていくと 「それでは加田君、御苦労さんだがやって貰おうかね」  そう云って笑いかけた。中林の顔には、どこにも緊迫感はなかった。歴史に残るような大事がいまお前によってなされようとしているのだ、という大げさな表情もなかった。ちょっとそこまで、試験飛行に飛んでいって貰うからよろしくたのむといったふうな気軽さだった。加田操縦士の顔は一瞬ひきしまった。だが、すぐ中林の笑顔に応ずるように 「ではいってまいります」  微笑を浮べると機上の人となった。  爆音が聞えた。シコルスキーS62は一旦はヘリポートを離陸して上空を二、三度|旋回《せんかい》してから、地上の獲物を鳥籠ごと摘み取ろうとする巨大な鳥のように舞いおりた。  七時五十五分、シコルスキーS62は鳥籠を吊り上げて青空の中へ吸いこまれていった。  午前二時に起きて機の整備に当っていた整備員たちが、機に向っていっせいに手を振った。  先導機は隊列を整えて待っていて、シコルスキーS62の前を飛んでいった。機群は富士山頂へは向わず、富士山の西側樹海の上空に向って高度を上げていった。日は富士山の東にあった。影富士が樹海の上にはっきりと扇形の陰影を作っていた。機群は影富士の中に入った。  機群がいっせいに影富士と離れて、富士山頂と並ぶ高さになると、鳥籠を吊り下げているシコルスキーS62だけが偉大に見えた。誘導機は、シコルスキーS62から離れた。そこはもう、富士山頂の気流の支配する区域であった。シコルスキーS62の操縦の邪魔にならないように分散して、その成果を見守った。  シコルスキーS62が吊り下げているレーダードームはそこまで来ると、鳥籠には見えなかった。太陽の光をまともに受けると、百万もの宝石で飾られた冠《かんむり》のように輝いて見えた。それはまさしく富士山の祭神、木花咲耶姫《このはなさくやひめ》に奉納する宝冠のように荘厳でもあった。宝冠は機の動きとともにきらきらと輝いた。異常なほどに輝く宝冠の前にシコルスキーS62の存在さえ薄らいでいくようであった。  機は一万五千フィートの高度まで上った。そして、西側から富士山頂めがけて真直ぐに滑りこんでいった。直下に十六面体円筒の切り口が見えた。切り口の中にひそんでいる人の頭が見えた。  機はそのまま行き過ぎて、御殿場口の上空で、大きく旋回して、再び西側の樹海の上空に充分な高度をとって現われた。  加田雄平は富士山頂を見詰めた。その絶巓《ぜつてん》に、おそらく彼の生涯のうちで、最も危険で、そしてもっとも意義のあるものを残すのだと思った。それはパイロットとしての栄光でもあった。彼のその演技を見るために、空中には九機のヘリコプターがいた。富士山頂にはカメラマンがカメラの放列を敷いて待っていた。  加田はそれらの多くの観客にちらっと眼をやった。そしてすぐ中林運航部長が、それでは加田君御苦労だがやって貰おうかね、と云ったときの顔を思い出した。  加田は機首を富士山頂に向けた。そのまま行けば頂上にぶつかりそうな勢いで近づいていった。円筒の上に立って誘導している伊石八郎の表情まではっきり見えた。伊石は苦痛にゆがんだような顔をしていた。  加田は伊石八郎のその表情とその背後にぴたりと止っている風速計を見たとき、彼の頭の中で、数十台の電子計算機が一時間もかけて行うような、安全と行動に関する確率が一瞬の間に計算された。  シコルスキーS62は下界附近においては六百キログラム運ぶことの能力はあった。だが、空気の密度の薄い富士山頂においては、揚力が減殺され、スーパーチャージ型エンジンをフルに働かせても、四百二十キログラムが限度であった。だからこの日のシコルスキーS62は、ドアーを除去し、消火器をおろし、コーパイロットの座席も取り去った。あらゆる重量軽減をほどこしても、尚制限重量を八十キログラムオーバーしていた。その状態で、空中停止《ホーバーリング》は不可能であるから|置き逃げ《エスケープ》するつもりで、その練習をして来たものの、機の誘導をしている伊石八郎の背後に廻転を止めている風速計を見たとき加田はそこに更に悪い条件が加わったことを知った。  一般的にいって乱れのない一定方向の風が吹くかぎりにおいては、その風は相対的には、ヘリコプターのプロペラの廻転力を増加したことになり、機の揚力を高めることになっていた。だから、もし富士山頂において乱流がなく、一定風速の素直な風が吹くかぎりにおいては、風があった方がよいのであった。その日の仕事に五メートルから十メートルまでの風が欲しかった理由は、このためであり、十メートル以上の風が吹くのを嫌ったのは、それ以上の風が吹けば、噴火口内部の乱気流の爪が剣峰の縁辺まで伸びて来るおそれがあるからであった。  風が死んだことは、相対的に機の揚力が落ち、限界重量以上の物を吊り下げている機に更に悪い条件が加わったことになった。  |置き逃げ《エスケープ》といっても、どこでもいいから置いて逃げるエスケープではなく、鳥籠の置き場所には一センチの狂いもあってはならなかった。  建物の上端にほとんどすれすれの高さで静かに近づいていって、鳥籠の赤いリボンが十六面円筒の上端の赤いマークの上に来たとき、鳥籠と機とを切り離さねばならなかった。空中停止《ホーバーリング》ではないが見掛け上は空中停止《ホーバーリング》と同じであった。  このような条件のもとでそれをやるには、真直ぐ進んでいくのをやめて、対象物の上に機を横すべり状態で近づける方が、操縦席から、対象物を確認する上に便利であった。  伊石八郎の表情と廻転を止めた風速計から、瞬間的にひらめいた加田雄平の決断は、彼の手と足を反射的に動かした。加田操縦士は危険を冒《おか》しているとはいささかも考えていなかった。彼は、機が進行方面に対して直角に向きをかえようとしているとき、鳥籠の揺れを心配していた。転移揚力には自信があった。  伊石八郎は接近して来たヘリコプターが突然向きを変えたとき、一瞬眼をつぶった。伊石はヘリコプターが、重大な事故を起したと思ったのである。だが、伊石が眼を開いたときには、ヘリコプターはその大きな図体の横腹を見せて近づきつつあった。  伊石は加田操縦士の意図を知った。伊石は、オーライ、オーライと、首にかけたトランシーバーに呼びかけながら、誘導した。鳥籠の揺れは止った。加田のかぶっているレシーバーに、伊石八郎のやや上ずった声が聞えていた。  鳥籠が頭上に来ると同時に建物の内側にひそんでいた八名の作業員がいっせいに立上って鳥籠の下端を持って、対角線に結んである赤いリボンを、十六面円筒上端の赤マークのしてあるボルトの穴の上に持っていった。十六面円筒上端の両側に立っている稲田と小寺が、腰にさしていたシノ(鳶職が携行している先端のとがった鉄棒)を抜いて、赤リボンのつけてある穴に通すと、その先を、十六面円筒上端の赤マークがしてあるボルト穴にさしこんだ。対角線の二点において位置が決ると、他のすべてのボルト位置は自動的に決った。一瞬の早業で位置は決った。 「離脱!」  と云う伊石の声を聞くと同時に加田は離脱装置のレバーを左足で踏んでいた。  六百キログラムの鳥籠は、音も立てずに、そっと置かれた。  加田は富士山頂から充分離れたところで、向きをかえて富士山の方を見た。レーダードームを中心として万歳をやっている多くの人の姿が見えた。加田は腕時計を見た。八時十三分であった。  葛木はレーダードーム吊り上げの成功を聞いたとき 「レーダードームができれば、富士山レーダーは半ば完成したようなものだ」  と藤巻所長にそう云うと、彼自身の口から出た半ば完成ということばに打たれたようにそこに佇立《ちよりつ》した。半ば完成、という表現は考えればすこぶるおかしい。完成には三分の一も半分もない筈であった。半ばであっても完成の二字が入ると強く響いた。葛木の頭に完成という言葉が具体像を作り上げた。葛木は富士山レーダー完成という終着点を頭に描き、ほとんど同時に、全く突然に彼は退職ということを考えたのである。富士山レーダーの仕事を始めて以来そんな気持になったことは一度もなかった。富士山レーダーが完成したら気象庁をやめようというふうなことは念頭になかった。彼の頭の中には、ただ富士山だけしかなかったのだが、富士山レーダーの完成の外観が見えた瞬間に、気象庁を辞めようと考えたのは、やはり、役人と作家の二足のわらじのうち一足はいつかは脱がねばならないという潜在意識があったからである。葛木の頭にひらめいたそのことは、辞めたいという希望より、むしろ、辞めねばならないという決意に似たものであった。 [#改ページ]   第三章     1  富士山頂にレーダー観測塔が完成すると、その中に次々と機械が運びこまれていった。セットされると同時に調整が始まった。富士山頂の快調な仕事に合わせるように気象庁側の仕事も進んでいった。  気象庁新庁舎の屋上に富士山に向って、直径四メートルの大受信パラボラアンテナが取りつけられた。九階の富士山レーダー観測室には、受像装置、レーダーリレーの制御装置、自動気象電送装置の受信装置などが取りつけられていった。 「富士山との間にどうやら電波が通じたらしい」  という情報を井川調査官が持ちこんで来たのは九月の十日であった。九階のレーダー室では細部調整に入っているから、ひそかに電波を発射して、富士山頂との間のテストをやっていることはあり得ることであった。  葛木は九階に行った。まだごたごたしていた。うっかり踏みこむと、仕事の邪魔になりそうだったから、主任の永野技師を外に呼び出して 「富士山と電波が通じたんだって」  と小さい声で聞いた。永野の顔に動揺が起ったが、彼はすぐそれを押えて 「いやまだ電波を発射していません。電波庁から試験電波の発射の許可がおりなければ電波を発射することはできません」  永野は四角四面な答え方をした。 「それはそうだ。ところで、富士山の方はどこまで進んでいるかね」 「レーダーはそろそろ火が入れられるところに来ているんじゃあないですか」 「レーダーリレーの方はどうです。富士山で観測されたレーダー像が、その画面に映し出される状態は何時ごろになりますか」 「それもそろそろというところです」 「永野さん、ぼくの聞きたいのは電波検査を受けられる日ということです。電波検査に合格すれば堂々と電波を発射できる」 「それなら九月十五日過ぎということになるでしょうね」  永野は結局、富士山と電波が通じたとは云わなかった。通じたと云えば非合法的な行為をやったことを自白したようなものであった。云っていけないことだし、聞いてはならないことであった。だいたい無線機器が電波の発射できる状態になったときには擬似《ぎじ》空中線に発射電波を吸収させる方法でテストがなされるのであるが、たいていのメーカーは、深夜、ごく短時間に限って実際に電波を発射してその性能を確かめた。  葛木は富士山と東京気象庁の間に電波は疏通したと見た。 「一応九月十五日ごろに電波検査をお願いしようじゃないか」  葛木は部屋に帰ると岩元係長に云った。 「その予定で電波検査の申請願いは出してあります。課長の判はちゃんといただいてあります」  岩元係長は書類のコピーを出して見せた。 「すべて予定通りというわけか」 「いや、分りませんね、問題はこれからです。電波検査になると、電波庁と、東京電波管理局と、東海電波管理局の三つが関係することになります。この三者の間がうまく連絡がとれないと、電波検査を受けられる状態にはなりません」 「だって、きみ、相手は富士山だ。九月いっぱいに電波検査に持っていかねば、十月になると雪が降る。電波庁の検査官が計器類を持って雪中登山はできないだろう。そうなると来春待ちということになる」 「だが、向う様にも向う様の都合があると云うかもしれませんよ」  岩元係長がなぜ、そんな悲観的なことを云うのか葛木にはよく分らなかった。岩元は電波庁担当の係長だから向うの内部事情にくわしい。彼はなにかを掴んでいるに違いない。 「電波検査をおくらせるような、なにかが予想されるのかね」 「それはありません。ただこっちで考えているほど簡単ではないということです」  葛木は、岩元との距離が急にはなれたような気がした。彼は課長にも云ってはならないような、電波の裏事情を知っているのかもしれない。謙虚で無口な岩元はいったいなにを気にしているのだろうか。葛木はいらいらした気持で測器課と九階の富士山レーダー観測室との間を往復した。  午後三時になった。部長室から呼出しがあった。直ぐ来てくれという、いつもと違う村岡の声であった。  葛木は廊下を滑るようにして部長室へ行った。絵に書いた山賊のように髭を生した荒木技師が部長と話していた。 「葛木君、とうとうやったぞ」  部長は手に持っている一葉の写真を葛木にさし出した。レーダーの映像を撮影したものであった。  そこには地形が写っていた。九十九里浜の海岸線から東京湾、駿河湾から伊勢湾にかけての海岸線が地図を見るように写っていた。雨雲からのエコーと思われるものが南方洋上と、北部アルプス方面に散在していた。葛木はそれまで、しばしば富士山レーダーによって観測された映像の概略を頭に描いていた。が、いま眼《ま》の当りに見せつけられたそれは、想像以上のものであった。あまりにも現実感がありすぎて、かえって現実とは遠いものを思わせた。なにか地形模型図の俯瞰《ふかん》撮影に細工をしたような感じであった。銚子のちょっと南のあたりに、画面の中心から一本の太い輝線《きせん》が走っていた。輝線の附近の線がややぼやけていた。葛木はその輝線に眼をこらした。そうしていると、その映像が富士山レーダーによって観測されたものでなければならないという実感にようやく到着した。 「すごい」  葛木はひとこと云った。よくやったとか、ごくろう様とか、ありがとうとかいうことばは出なかった。彼はすごいとか、すばらしいとか、たいしたものだとかいう手っ取り早い、感慨をまきちらしていた。彼も昂奮の渦中にあった。 「いつ山をおりたんですか」  しばらくたって葛木は荒木に云った。 「今朝なんです。とにかく一時間でも早くお知らせしようと思いまして」  荒木がレーダーに火を入れたのは昨夜おそくであった。まさか、一度で成功するとは思わなかった。成功するという期待よりも、電波を発射すると同時に、取りかえしのつかないような故障が発生するかもしれないという心配の方が大きかった。荒木たちは、慎重に各部を検査してからスイッチを入れた。  輝線がブラウン管上を一周し、そこに予期もしなかった映像を見たとき、居合わせた数人はしばらく声を呑んだ。誰もなんとも云わなかった。技師たちはつぎつぎと映像を覗きこみ、そして、眼頭が曇って来ると、横を向いて涙を拭った。 「こっそりと電波を発射して映像をキャッチしたことはごく少数の者しか知ってはおりません。この写真も、二枚しか撮ってはありません。一枚は会社で保管してあります」  荒木はその秘密を厳守すると誓ったけれど、その喜びが大きいだけに、外部に洩れはしないかということを葛木はおそれた。 「荒木さん、電波検査が終るまでは慎重にして下さい。特に新聞には注意して下さい。電波庁だって、こっそり電波を出して試験していることぐらいは知っているでしょう。だがそのことが新聞にでも載るとたいへんなことになる。下手をすると免許がおりなくなるからね」  それを聞くと、荒木技師はむっとした顔で云った。 「勿論外部には伏せています。しかし、もしこのことが新聞に載ったら、電波の免許がおりないっていうのは大げさですね、電波庁も気象庁も同じ官庁であり、富士山レーダーは国の予算でやっている仕事じゃないですか」 「理窟はそうだ、しかし、同じ官庁でも許可権を持っている官庁の考え方はそう単純ではない。相手が官庁だからと甘くしていたら国民から文句が出る。だから、むしろ今度のように、国民全体の眼につくような仕事をやるときには電波庁も、きびしい態度で出て来るのが当然です。国の予算で作ったものだから、行く行くは許可するとしても、その承認期日を延期することはあり得ることです。そうなると正式認可のおりる日まで富士山レーダーは据えつけたままで使えないということになる──」 「そんな馬鹿な」  荒木は色をなした。 「今度だってそうです。電波検査に合格しても、気象援助業務局という正式許可証はくれないで、実用化試験局という免状を貰うことになるでしょう。つまり仮免だ。なぜ同じ官庁でありながら、仮免をくれなきゃあならないかお分りですか、本免許の出しおしみではなくて、二メガワットという強力な出力に電波庁は杞憂《きゆう》を持っているのです。  悪くいけばその杞憂が、機械の構造に対して掣肘《せいちゆう》を加えるところに発展するかもしれないんです。富士山レーダーは設置高度とその強大な出力にあるのです。その一つに掣肘を受けたら、許可を取消されたも同然な結果になります。とにかく本免許がおりるまでは電波庁を刺戟するようなことは避けねばならない」  荒木の顔に心配そうな翳《かげ》が走った。 「いま富士山頂に毎朝新聞の平賀さんが来ています」  荒木は声をおとして云った。  葛木はいやな予感がした。平賀は鼻の利く記者だった。もし平賀が、ひそかに電波テストをやったことを嗅ぎつけたらたいへんなことになる。  葛木は困ったような顔をした。     2  五階の会議室を出て少し行ったところで、葛木は通信課から出て来る堂本に会った。 「葛木さん、今朝の新聞によると、十五日にはいよいよ富士山レーダー運用開始ということですな」  堂本は大きな声で云った。 「いやまだそう決ったわけではないが」 「でもそう書いてありましたよ。とにかくまことに結構なことですね」  堂本はにやりと笑って過ぎ去った。葛木には堂本の笑い方が気にかかった。まことに結構といういい廻し方も気に入らなかった。どうもその笑い方はただの愛想笑いではなかった。笑いの中に多分の皮肉と軽蔑が含まれているような気がした。  新聞のことは毎朝新聞の記事を云っていることは確かだった。葛木は今朝方出掛けにいそいで眼をとおしたが、別にこれといって気になるようなことはなかった。  部屋に帰ると、その新聞を中にして課員が話し合っていた。 「問題はこの文句だ」  井川調査官が活字のところに赤線を入れて 「──九月十五日ごろに電波検査をうけて、いよいよ運用される予定になっている──というところですな」  井川は電波庁の陸上課から呼出しの電話があったことを告げた。 「どこがいけないのだろうな、それが」  葛木は電波法規にくわしい岩元の顔を見た。  岩元は彼自身がなにか大きな失態でもやらかしたように青い顔をしていた。 「いくら予定があろうとも九月十五日という日をあげたこと、それに運用されるという字句もよくないですね。電波庁にして見れば、検査月日は向うがきめるべきものであって、こっちで勝手にそれらしい日を挙げて貰ってはこまるわけだし、たとえ、検査に合格しても運用ということばは強すぎる。富士山レーダーは検査に合格しても、一年間は実用化試験局、つまり仮免許の状態で電波発射が認められるわけですからね」  岩元は電波庁の立場を代弁してそう云うと 「とにかくお詫びに行きましょう。毎朝新聞が富士山頂で取材した以上、情報がこっちから出ていることは確実です」  葛木は岩元がお詫びという言葉を使ったことがひどく気に入らなかった。このくらいのことで、いちいち謝る必要がどこにあるのかという気がした。だが電波庁の陸上課に行って第五係長の芳野の前に坐ったとき、岩元がお詫びすると云った言葉の意味がはじめて分った。 「電波の検査については電波庁がすべての権限を持っています。こういうことを新聞に発表する気象庁の神経を私たちは疑います」  芳野の怒り方はすさまじかった。毎朝新聞の朝刊には、井川調査官が引いたとそっくりな赤線が引いてあった。  葛木は順々に謝っていった。係長、調査官、補佐官、課長とひとつずつ席を上げて、同じことを叱られ同じことを謝った。唐木補佐官も前の課長も、春の異動でその課にはいなかった。古谷陸上課長は肥った身体を椅子に埋めて、ぺこぺこ頭を下げて歩いている葛木の方を珍しいものでも見るような眼でながめていた。  古谷陸上課長には、この春彼が転勤して来て間もなく、挨拶に来て会ったことがあった。その時葛木は名刺に添えて、彼の著書を一冊古谷課長に贈呈した。そうすることに葛木は内心抵抗を感じながらも役人作家として、彼の名がいずれ側近者によって古谷課長に知らされることが分っていることだから、むしろ最初から役人作家であることを明らかにしたほうがよいと思った。それまでの経験によると多くの場合、嫌な顔をされることはなかった。  その本が古谷課長の机の上にそのまま置いてあった。半年の間、動かされた様子はなかった。古谷課長の机の上には、筆記具と印鑑のほかなにものも置いてなかったから、葛木の寄贈した本は、ひどく異様な取扱いを受けているように見えた。読んでいるとは思われなかった。さらしものにされているといった感じだった。  葛木は古谷の前に坐ったとき、もしかすると、古谷が、この新聞記事を真先に問題にしたのかもしれないと思った。  だが古谷は補佐官から説明を聞くと、その新聞を、眼鏡の弦《つる》に手を掛けながら一読したあとで、たいして驚いたような顔もせずに、恐縮した恰好でかしこまっている葛木に向って云った。 「この九月十五日という日は、おたくの希望する日なんですか」 「そうです。去年は九月二十三日に初雪が降りました。雪が降ると検査官が登山するのはむずかしくなります」 「そうでしょうな」  古谷は傍に立っている補佐官に検査を担当する東海電波管理局と東京電波管理局の都合を問合わせるように指示してから 「富士山というとやたらに眼につきますな」  古谷は笑った。 「上の人はよく分っているんです……」  岩元は電波庁の外へ出ると直ぐに云った。 「しかし分らないな、なぜこれだけのことであんなに怒られるのか、怒られたっていいが、そのために電波の検査が遅れると困る」  葛木はいらいらした眼でタクシーを探した。 「それはもうあきらめたほうがいいですよ課長、九月十五日には絶対にだめです。或は九月中はだめかもしれません」  岩元は既にその結論がついたようなことを云った。 「その理由は……」 「やはり対手が富士山レーダーってことでしょうね、国民が関心を持っている。富士山レーダーの電波に関する発表は電波庁の弘報課を通じて電波庁記者クラブにおいて発表されるのが建前です。それを毎朝新聞がスクープしたことに対する、弘報課からの突き上げの反動ということが第一に考えられる。第二は富士山レーダー完成をあまり喜ばない人による妨害……」 「なにを妨害だと……」 「いやがらせといったようなものでしょうね、あれだけの難工事がとんとん拍子に行きましたからね」  葛木の頭の中に、気象庁の五階の廊下で会った堂本の顔が浮んだ。あのへんな笑い方はすでにこのことを承知の上のことであるかもしれない。去年の春、うまくいったらお目出とうを云いに行くと云ったときの堂本幸吉の顔が思い出された。 「どうしたらいいだろうな」  葛木は、富士山レーダー建設の最大の障害にぶつかったような気がした。検査を来春に持っていくとなると、レーダーは、氷雪の中に封印されたまま、半年間眠るということになる。来春といっても、技術者が揃って登れるのは、七月である。再調整、検査となると、来年の九月になる。一カ年遅れることになる。その間になにかもっと大きなトラブルが起るかもしれない。 「なんとかならないかな」  葛木は部屋へ帰って、関係者を集めて云った。 「課長は威勢のいいときはひどく威勢がいいが、ピンチが来ると、こうですな」  井川調査官は葛木が肩をおとして、しょげかえった真似をした。 「というと、なにかいい考えがあるというのかね、井川君」  その葛木の声にも力がなかった。 「東海電波管理局を|つつ《ヽヽ》くんですよ、早く検査して貰わないと雪が降ると云って|つつ《ヽヽ》くんです。その棒の役目は名古屋気象台にやらせるといい、地方の官庁は非常に仲よくやっているものです。東京の中央官庁のようなばかげた張合いはやらない。東京電波管理局の方は課長が直接いけばいいでしょう。課長も地方廻りをしてくると、こういう才覚がすぐ浮ぶものですがね」  井川はこの問題を安易に考えているようであった。葛木は曙《しよ》光を見出したような気がした。彼はすぐ電話にとびついた。 「課長、ちょっと待って下さい、名古屋との交渉はぼくがやります」  井川が葛木の手を押えて云った。井川の眼の中には、もっと慎重にという忠告があった。葛木はその翌日、東京電波管理局の陸上課長を訪ねた。そこには顔見知りの小林が坐っていた。小林はもと葛木と同人誌をやっていたことがあった。葛木は相手が小林なら、かなりのことは話してもいいように思った。 「分りました。名古屋とも連絡をとって、なるべくはやく検査に持ちこむように努力しましょう。本庁から電波検査の書類がとどいたらその日でもできるように準備しておきましょう。だが、本庁から書類がおりないかぎり、こっちはどうしようもない」  そして小林は声をおとして 「本庁というところは……」  おとなしい小林の顔が幾分赤くなった。怒りをおさえている顔だった。小林には電波本庁に対するなにかしらの不満があったようであったがそれは云わなかった。 「とにかく遅らせるわけにはいかないのです。愚図愚図していると雪が降るかもしれません、なんとかなりませんかね」  そして葛木は、突然、彼がずっと考えつづけていた堂本のことについて小林に訊ねた。 「堂本さんね、よく知っています。しかし葛木さん、それはあなたの考え過ぎじゃあないですか。富士山の仕事が取れなかったことを根に持って、妨害に出るなどということは、まず考えられませんね、だって、そんなことをしても、ひとつも得にはならないでしょう……」  小林はそれからのことは云っていいかどうかをしばらく考えていたようだったが 「新聞の問題は、古谷陸上課長より上の線で問題になったかもしれませんね。たいして問題にならないようなことでも上からおりて来た場合には末端ではたいへんな問題になるものです。上の方から声が出たとなると、まず検査は十月に持ちこされますね。しかし葛木さん、電波庁の中にだって、ちゃんと分る人もいます。おそらく富士山レーダーの成功を喜ぶ人の方が多いでしょう。富士山レーダーだから雪の降る前に検査に持っていかねばならないと主張する人が必ずいる筈です」  葛木はもう云うことがなくなった。十月までの二週間をどうして過したらよいだろうか。その間に雪が降ったら。台風が来たら。考えれば考えるほど検査が遅れることは悪い条件が蓄積されることになった。 「とにかく許可の権限を握っているお役所というものは、その機構の中にいる私たちでも分らないほど複雑なところがあります。……それから葛木さん、さいごにひとことだけ云って置きます。絶対に腹を立てたり、係官の前で理窟をこねたり、怒鳴ったりしてはいけません。それこそ、書類は引き出しに入ったままになりますよ」  小林は葛木を送り出すときにそう云った。葛木は充分心得ているつもりだったが、小林に云われると、あらためて自制した。葛木は待った。三日に一度は電波庁に行って、検査をはやくしていただかないと雪が降ると、歌の文句のようなことを繰り返した。  書類が誰の机の上に置いてあるのか、分らなかった。それを訊くことは相手を怒らせることであるから、小林が云ったように葛木は忍耐づよく衷訴《あいそ》をつづけた。  九月三十日になって、東海電波管理局と、東京電波管理局と両方から、書類が落ちて来たという電話があった。  葛木は予報課に走った。天気は数日は続きそうであった。     3  新宿発御殿場行きの準急|芙蓉《ふよう》は松田のあたりを走っていた。両側のみかんの段々畑の土手に曼珠沙華《まんじゆしやげ》が群生して真赤な花を咲かせていた。みどりの中に赤インクをこぼしたようであった。  葛木はその曼珠沙華に眼をやりながら、おそらく来年この花を見るころには、気象庁を辞めているだろうと考えた。曼珠沙華は華やかな色彩に恵まれていながら、どことなく淋しい翳を持った花であった。庭には植えず、墓地で見掛けることが多かった。  曼珠沙華から退職を想像したことは、彼自身の中に、退職に抵抗するものがあってのことであり、気象庁の課長の席も、やはりそれは、小さな権力の座であり、それに惹《ひ》かれているとすれば、もはや筆で身を立てる資格は失われたようにさえ思われるのである。  葛木は曼珠沙華から眼をそらせた。  雲は低く垂れこんで両側の山はすべて雲の中にあった。  御殿場につくと藤巻所長が待っていた。既に東海電波管理局の検査官の三人は宿についていた。 「どうです、明日の天気は」  葛木は曇り空を仰いで云った。少しぐらい天気が悪くても、なんとかして検査官を山へ上げようと考えていた。頂上の測候所に降りこめられるならば問題はないが、登る前に、雪にでもなると厄介だった。 「午前中はよくないかも知れませんが、午後は大丈夫ですね」  午後に登るとすれば、その日のうちに頂上につけるかどうかが心配だった。既に十月であった。そのことを葛木が口に出すと、藤巻は 「太郎坊を午後の一時に出て、七合八勺に五時、それからゆっくり登って七時半か八時には頂上へつきますよ、天気さえよかったら、夜道の方が楽だ」  葛木はうなずいた。夜になると寒いだろうが、防寒具なら測候所にあるから問題はなかった。  葛木は御殿場の宿で、東海電波管理局の三人と名刺を交した。三人とも二十代のいかにもスポーツマンらしいタイプの人たちであった。葛木が到着する前に富士山レーダーの電波検査の申請文書に附属してある資料について検討しているところであった。  葛木は、つづけざまに、いくつかの専門的な質問を受けた。答えられないものもあった。富士山レーダーの技術的内容については、かなりくわしく勉強しているようであった。  相手が若い検査官であり、仕事に熱心であることが検査を受ける側の葛木にとってはやや心配の種であった。多くの場合、若い検査官は仕事に誠実であり過ぎるために妥協をしなかった。些細《ささい》なことでも見落さず追及の手をゆるめなかった。 「定高度レーダー映像の合成ってあるでしょう、ここのところを、説明していただけませんか」  というふうなむずかしい質問をするかと思うと、レーダー映像信号伝送方式について  のような復調搬送波の位相変動の公式を示して、ひどくむずかしい議論を吹っかけられたりした。  葛木はお手上げだった。こういう仕事熱心な連中に掛ったらもうどうすることもできなかった。まるで、葛木自身が電子工学のテストを受けているようでみじめであった。  三人は夕食中もレーダーについて話した。夕食後も、いくらか入ったビールの影響で、こんどは電波の伝播《でんぱ》論を夜おそくまでやっていた。  葛木は三人の傍をはなれて外に出た。冷え冷えとした夜気の中を富士山測候所御殿場事務所へ行って無線電話に荒木技師を呼び出した。荒木は宿舎にはまだ帰らずにいた。 「たいへんな検査官がやって来たから、しっかり準備をして置いてください」  葛木は、たいへんな検査官についていちいち説明した。 「どうやらその三人は数学がお強いようですね……数学が強い人は、頂上に来ると、たいていひどい高山病にかかります、そうおそれることはないでしょう」  荒木技師の声はスピーカーから溢れ出て、まだ事務室に残って仕事をしている所員をふりむかせたほどであった。頂上につけば誰だってひどい頭痛になやまされるから、検査を厳重にしようとしてもできないだろうと荒木技師は期待しているようであった。 「だが葛木さん、機器の検査は一度でパスする自信はあります。検査がおくれましたから、その間に充分調整をとりました──大丈夫です」  荒木の声には自信があった。  翌日の天気は藤巻所長の云うとおりであった。午前中は微雨、十一時ごろから薄日がさした。一行を乗せたブルドーザは十二時三十分に御殿場口太郎坊を出発して、夏の富士登山者のためによごされた道を左に見ながら頂上に向って登っていった。富士山特有の焼砂の臭気を含んだ霧が麓《ふもと》から頂上に向って、動いていた。  五時に七合八勺についた。  ブルドーザをおりた三人の検査官の顔は幾分青かった。頭痛がすると云うので、七合八勺の小屋の一隅でしばらく休養することにした。 「葛木君、あの検査官の三人は山に強いぞ、山に強い人は、七合あたりから激しい頭痛が始まって、頂上につくころにはもう山の大気に馴れてしまう。つまり山酔いの反応が早く現われて早く消えるものだ」  三人の若い検査官は七合八勺の小屋で三十分も休むと、頂上に向って歩き出した。 「あの歩き方を見たまえ、しっかりしたものだ」  藤巻所長が云ったとおり、検査官たちは頂上から迎えに来た所員の案内で、まるで箱根山でも歩くような調子ですいすいと登っていった。  間もなく日が暮れた。葛木は藤巻所長とふたりで、七合八勺から馬の背につづく、二トンブルドーザの道をゆっくり登っていった。  富士宮──吉原──沼津──三島と灯がつながって見えていた。駿河湾に漁火《いさりび》が浮んでいた。防風衣をとおして寒さが身にしみた。  葛木は頂上に向って歩きながら、富士山頂と星空との接するあたりに、月でも出て来そうな明るさを感じていた。月が出る方向とは反対側であったが、高度を増すにつれて、その明るさは、どうやら剣峰のあたりに集中されていくようであった。明るさは月の出のように、淡く均等なアーチ型の光芒を暗い夜空に投げていた。  光芒は葛木が一歩一歩と高度を高めるに従ってその光を強めていき、そして、全く予期もしない岩|陰《かげ》から、月らしいものが頭を出したのである。  葛木は思わず声を上げそうになった。すぐ彼はそれがレーダードームであることを知ると、数歩駈け登った。全精力を消費したように息苦しかった。  十六面体円筒型レーダー観測塔は富士山頂にどっしりと位置をかまえ、その円筒の上に光球があった。それがレーダードームであった。光はレーダードームの白色ポリエステル樹脂のパネルを透過して空間に放射されていた。ドームは輝いてはいなかった。淡い光に包まれていた。夢の中にあるもののようにつかみどころがなく、重量感に欠けていた。どこからか、ふらふらとやって来た光り物が富士山頂にしばらく止っているようにも見えた。まもなくそれは絶巓を離れて、星空の一角に向って飛んでいってしまいそうに見えた。  葛木は眼を、富士山頂を形成する地形にやった。暗い、固い、ところどころに岩石の鋭角を見せている、大地の頂点を視界の中に充分に取りこんだ上で、ドームを眺めると、それは、富士山頂高くかかげられた灯明台に見えた。  葛木は、仕事のことも、そこに登って来たこともしばらくは忘れて、その美しいものに見入っていた。     4  電波検査は翌朝始められた。三人の若い検査官は並はずれて山に強かった。三人は所員と同じ時刻に起きて食事をした。頭痛は訴えなかった。葛木は夜半から痛み出した頭痛をがまんして検査に加わった。山酔いの特徴のひとつでなんでも黄色く見えた。葛木は頭痛薬を飲んだ。  新築されたレーダー観測塔の中に機器はぎっしりつめこまれていた。一階、二階が機器室で、三階に相当するレーダードームの中で直径五メートルの大アンテナが廻転していた。  三人の検査官は狭い機器室をよく動き廻った。  葛木にはなにもすることはなかった。検査官がどんなむずかしい質問を発しても、そこには荒木技師も梅原技師もいた。  説明の資料はすべて揃っていた。葛木は検査官のあとを従《つ》いて廻りながら、葛木自身もまた気象庁側としての機器受け取り検査官として見て廻っていた。発注仕様書の検査の項目の中には電波検査に合格することが、気象庁の検査に合格する条件のひとつに上げられていたが、気象庁としては、電波検査とは別の立場で検査をしなければならなかった。  富士山頂レーダー装置一式は整然としていた。検査が予定より遅れたことによって、各部分の調整は予期以上にうまくいっていた。  葛木はそこで、富士山レーダーによって観測された白い映像を目のあたり見た。いつか部長室で見た写真より立派な地形|俯瞰《ふかん》図がそこにあった。観測範囲《レインジ》を半径百キロメーター、二百キロ、四百キロ、六百キロ、八百キロメーターと増して行くに従って、白い地形俯瞰図は中心部に小さくまとまり、画面の大部分は、高い山のいただきで眺めた青空のように、濃い藍色に沈んでいた。  そこはもはや、富士山の高さを以てしても、直線電波の及ぶことのできない、地球の彎曲《わんきよく》面のかなたであった。ブラウン管上に白い反射がなにものも現われないということは、そこは、空気以外、電波をはねかえすなにものも存在しないということであった。  観測範囲を五百キロメートルの範囲にすると、くっきりと白い地形の反射の中にまじって、ところどころに白い靄のようなものが出ていた。雨域であった。もっとはっきりと、まるで地形のような鮮かさで、雨域が表示されているところもあった。  葛木はその直径十二インチのブラウン管の中に、おさめ取られた広大な範囲の、電波的景観に、打たれたように見入っていた。大アンテナが廻転する音が頭上でした。その大アンテナのパラボラから、二メガワット(二〇〇〇キロワット)という、強い電磁波が富士山頂から見えるかぎりの地形に、丁度富士山頂に強大な光源を置いたと同じように、照射されているのである。葛木の家に当ったその電波もこの富士山頂に返送されて来ているだろうし、北アルプスの槍ヶ岳の頂上に立っている数人の登山者からの反射波《エコー》も、ブラウン管上の白い映像の一点を形成していることは間違いなかった。  富士山頂で観測されたその映像は、この部室の多くの複雑な機器によって細分され、富士山頂の一角に、東京の気象庁に向って建設されたパラボラアンテナに送りこまれ、そこから発射される電波の束《たば》に乗って気象庁と接続されていた。その映像を東京の気象庁に送るための、レーダーリレーのアンテナは、霧氷よけの箱の中に収容されて固定されていた。レーダーの廻転アンテナと対照して、レーダーリレーの固定アンテナは、富士山頂に立てられた、なにかの識標のように静かであった。  旧富士山測候所の塔上に風向風速計が取りつけられ、その近くに温度計と湿度計を収容する百葉箱があった。昭和十年に、東安の河原からこの地へ移転して来て以来、一時間に一度は測候所員がその塔上に登って気象観測をやった。いかなる危険をおかしても、それは富士山測候所員の義務であった。  だが、この気象観測にも革命が起きようとしていた。風向、風速、気温、湿度、すべて、自動気象計によって、観測され、自動的に東京気象庁に電送され、自動的に記録されることになった。  所員は暴風雨の中を危険を冒して、外へ出ることはなかった。そのかわり、所員は、いままでになかったような、もっとも精密な最新式の機器の保守の任に当らねばならなかった。 「これからがほんとうの意味の富士山測候所になるのだ。いままで定期観測《ルーチン》に追われていてできなかった、富士山頂における雨の研究、日射、オゾン、放射能の研究がやっとできるようになった」  そして藤巻所長は更につけ加えるように 「この富士山測候所に起きた大革命が、やがて一般地方気象官署に行きわたるのはいつだろうか」  それは三十年間、富士山測候所に献身した藤巻所長の感懐であった。  第一日目の電波検査は済んだ、その日の日程が終ると、駈け足でお鉢廻りをするほど、検査官たちは元気がよかった。 「どうです、大丈夫だろうか」  葛木は荒木技師に聞いた。 「二、三注意された点はありましたが、大きなところは、まず問題ありません。あとは明日の検査と、妨害電波の苦情が来なければ、おそらく合格でしょう」  荒木技師は自信あり気であった。毎時の初め十分間、富士山レーダーは必ず電波を出し、レーダーリレーによって映像が東京気象庁に送られた。富士山レーダーの電波の妨害を受けるかも知れないと予想される、無線通信所、レーダー施設には、電波庁から通知が行っていた。レーダーリレーの六〇〇〇メガサイクル帯に近い周波数帯の施設に対しても同様な措置が取られていた。第一日目はどこからも、なんとも云って来なかった。  二日目はレーダーリレーを中心としての検査がなされていった。苦情はどこからも出なかった。  葛木の頭痛は二日目の午後になるとなくなった。彼はしばしば東京気象庁の九階レーダー室にいる、岩元や井川と連絡を取った。十六時に検査は終った。  検査官は検査資料を持って、滞在中、彼等の寝室として提供された一室に入っていった。  葛木、藤巻、荒木、梅原、寺崎は、木炭ストーブのまわりに集って三人の出て来るのを待っていた。  葛木は、なぜいまどき、木炭ストーブなどという旧式なストーブが使われているかについて今さらのように疑問を持って、部屋の中を見廻した。そしてその部屋が昭和七年に東安の河原から、そっくりこの場所へ移築されたものであったことに気がついた。この部屋は大沢寄りであるがために、居住区には使わず、物置として使っていたものであったが、今度のレーダー工事で、臨時居住区として使われていたのであった。 「ああそうか、すると、ぼくの居た個室は?」  葛木はびっくりしたようにまわりを見廻した。三十年前の壁も柱も変ってはいなかった。 「君の居た部屋はあれだよ」  藤巻がゆび指したのと同時に検査官の三人がその部屋から出て来た。手に検査簿を持っていた。三人を取りまくように関係者はテーブルのまわりに椅子をすすめた。  ストーブの中で木炭のはねる音がした。先任検査官が、みんなの顔を見た。 「合格といたします」  ぶっきら棒にも聞えるその一語ですべては終り、富士山頂気象レーダーは実用化試験局として誕生した。いわば仮免許状を与えられたようなものであったが、局として電波を発射し、気象現象を観測することが許されたのであった。  検査簿に三人の検査官が連名で印をおした。葛木は三人が納印するのを待って、レーダー室に急いだ。ひどく息が切れた。無線電話で、東京気象庁の村岡部長に合格を告げようとしたが言葉がでなかった。 「おめでとう、こちらの検査も無事終りました。早速ビールで乾杯しましょう、とにかくおめでとう」  村岡の声が聞えた。  葛木とかわって荒木が電話に出たり、梅原が出たりした。ひどく嬉しそうであった。  葛木は大きな荷物を肩からおろした感じだった。眼の前にぽかんと空いた空洞を見詰めているような気持だった。レーダードームの吊り上げに成功したときも、レーダーに火を入れてはじめて映像を見たときも関係者は泣いた。葛木は、おそらく、電波検査に合格し、富士山レーダーが名実ともに完成したときは、泣きたい気持になるだろうと思っていた。だが泪《なみだ》は湧いては来なかった。重荷からの解放とともに、がんじがらめにされていた彼の身体から、幾本ものザイルが同時に切り放された気持だった。岩場に孤立したときの虚無感が葛木を電話機の前に釘づけにしていた。  気象庁を退職したときの感じはおそらくこのようなものであろうと考えた。退職するとすれば、来年の三月三十一日であろう──、六カ月間先走って、その日の感懐に耽溺《たんでき》しているのだと考えることが、けっして不自然とは思われなかった。孤独感はひしひしと迫った。  その夜、検査官が寝室に引き揚げてから、葛木を中心にして富士山測候所員との間に懇談会が開かれた。 「たしかに富士山頂に世界一のレーダーができました。だがね、それを保守するわれわれの生活は、葛木さんたちがここにいた三十年前から全然進歩してはいないんですよ。時によると零下二十度にもなる寝室、食費は自弁、手当は薬品代にもならないほど僅少であり、しかも、冬期の登下山は、つねに生命を賭けている」 「そうです葛木さん、あなたはもとここに勤務していたのだから、もう少し所員の生活を考えた予算を算出できた筈だ。あなたは人間を機械以下に見ているのでしょう。中央の考えは常に地方とは遊離している──」 「葛木さん、あなたがここに勤めていたころは所員は全部独身だった。が、今は所員の大半は妻帯者です。家族と水さかずきで別れて山へ登る気持は分らないでしょう」 「葛木さんが分らなければ、気象庁の上層部が分るはずがない。まして人事院が分るはずがない。いつか来た人事院のなんとかいうおえらい人は、少くとも南極なみの手当を出そうと云って下山したがそのままだ。下界へおりればもうここのことなどどうでもいいのだろう」  葛木はひとことも答えなかった。答えられなかった。レーダー施設と居住施設と両方の予算を要求したとしても通ることはむずかしい。なぜなら居住施設はかなり老朽しているけれど、そこにあるからだった。まずレーダー施設を作り、その次に居住施設の予算を取る。そうしないと、こんなせまい頂上で、レーダー施設と居住施設の両方を同時に建設することは不可能であった。  だが、そのことを説明しても云いわけにしかならないことを葛木はよく知っていた。 「ぼくらは気象レーダーが出来たことを喜んでいるのですよ、名実ともに、気象庁でもっとも重要な仕事ができることはうれしい、そのために努力して来たあなたには敬意を払っている。しかし、わたしたちは、葛木さんをいささか見損っていた。小説を書くくらいの人はもう少し、富士山頂における人情の機微というものが分ると思っていた。あなたが富士山に手をつけるなら、まず、所員に人間並の生活や環境を与えて、その次に世界一のレーダーを持って来る──その順序をあなたはまさしく取違えたようだ」  葛木は言葉の|打 擲《ちようちやく》を甘んじて受けていた。収まりかけていた頭痛がまた始まった。検査官が下山したあとも、葛木は一日頂上に滞在した。富士山測候所員の居住施設の改築が残っていた。改築といっても従来の居住区に手を加えて、以前よりは隙間風の吹きこまないようにするだけで、根本的なものはなかった。一口に云うと、大工の手による手直し工事だった。この他に居住区とレーダー観測塔との接続、レーダー観測塔とエンジン室との間の廊下工事など、こまかい点がまだ残っていた。 「十月いっぱいはかかるでしょうね」  伊石監督は葛木にそう云ってから、足元の石を拾って手玉に取りながら 「今年も来てよかったと思います。もし来なかったら、生涯富士山をまともに見ることができなかったと思います」  葛木は頂上を去る朝もう一度、富士山気象レーダーの映像を覗きこんだ。七百キロメートルのスケールすれすれのところに、もやもやと白いものが出ていた。  高度を測定すると約一万三千メートルの高さであった。台風の帯状雨域《レインバンド》がレーダーによって発見されたのである、  東京気象庁に無線電話で問合わせると、台風は北上中であった。  富士山レーダーが七百キロメートル先の気象現象をとらえたことは、頂上にいた人達を喜ばせた。つぎつぎと来て画面を覗きこんで 「これが台風なのか」  とつぶやいた。 「いよいよ台風と対決か」  荒木技師はブラウン管上に現われた白い映像に話しかけるように云った。 「そうだ。われわれは台風というもっとも手強い検査官を迎えることになるのだ。レーダー観測塔の強度試験も受けねばならぬ。非常予備電源のテストも受ける。気象レーダーそのものの性能はとことんまで試されるだろう」  梅原技師が云った。  東京気象庁のレーダー観測室に連絡を取ると、台風の雨域はレーダーリレーによって明瞭に伝送されていた。 「このせまい観測室が見物人でいっぱいです」  井川調査官は、見物人というところを小声で云った。     5  富士山から帰った日の翌日葛木は出勤して間もなく新聞記者にかこまれた。 「富士山レーダーに台風が出ているそうですね、その写真を撮らせてください」  それは葛木が予期していたことであった。 「富士山レーダーは実用化試験局であって、まだ、このレーダーを気象業務に使っていいということにはなっていません」  葛木は電波法による実用化試験局がいかなるものであるかを説明した。 「だが、実際に台風がやって来た現在、使ってはいけないと云っても使わないわけにはいかないでしょう」 「たまたま電波実験中に、台風がひっかかったということにしたらいいでしょう」  葛木はこの新聞記者たちには到底勝てないだろうと思った。写真を発表しなくとも、彼等は何等かの手段を講じて、それを入手するだろう。富士山レーダーが台風をとらえた写真を一社だけが掲載したとなるとそのあとがうるさい。 「台風がもう少し北上して画面に台風の眼の一部が出るようになったときには、多分発表できることになると思います。だが、各社がいっせいにあの狭い部屋に入ったらこちらの仕事の邪魔になります。一社が代表して写真を撮って、それを各社に分けるというふうにしたいのですが」  葛木は記者たちにそのことを充分納得させてから 「それからもうひとつ、発表記事の中に富士山レーダーの試験中にたまたまとらえられた台風であるということをつけ加えて下さい。そうしないと、たいへん困ることになるのです」  葛木はその足で電波庁の古谷陸上課長を尋ねた。  この問題にかぎって、下から順々と説得していくのは得策ではないと思った。課長対課長で話を決めたことが、あとになって、なにかのしっぺ返しになって現われようとも、この際は直接課長に当るべきだと思った。葛木は係長も補佐官も無視して陸上課長の前に坐って、富士山レーダーによってとらえられた台風の写真を示した。 「まだ中心ははっきり見えていませんが、間もなくその眼も現われて来るでしょう。ところで、この写真ですが、電波試験中に、とびこんで来た台風といったような表現で、新聞に発表してはいけないものでしょうか」  古谷は、写真に眼をやったまま 「電波法の建前からいうと富士山レーダーは、飽くまで実用化試験局であり、目的は実験にあって、その結果を利用する局ではない……」  古谷は、いいとも悪いとも云えない彼の立場をなんとか葛木に分らせようとするように、しきりに身体を動かした。椅子がぎいぎい鳴った。 「なんと云ったって、新聞は承知しませんよ、いけないと云ったって、もぐりこんででも撮影するでしょう。とにかく富士山レーダーが八百キロメートルの向うでとらえた台風ですからね」  葛木はひと押しした。 「それはそうだろう、ぼくが新聞記者ならやはりもぐりこむだろうな」  古谷は腕を組んだ。 「これは私の責任で──電波実験中に発見された台風というふうな注釈づきで発表する以外に方法はないと思いますが……」  葛木は結論を云った。反対の理由はないだろうと思った。 「あなたの責任でということになれば、やむを得ないでしょうね。しかし、取扱いには気をつけて下さい。電波庁にはなかなかうるさいのがいますから」  古谷はさいごの方を小さい声で云うと、額の汗をふいた。台風の影響はまだ東京に来てはいなかったが、その日はむし暑かった。 「その本をお読みになりましたか」  葛木は古谷課長の机の上にある本を指して云った。 「いや読んでないんだ。あなたにいただいたまま、ここにこうして置いたままなんだ。だいたいぼくは小説はいっさい読まないことにしている、子供のときから、そうしつけられてね。童話のかわりにエジソン伝などというのを読まされたものだ。ぼくの親父の説によると小説は虚構、つまり嘘ごとをまことしやかに書いたものである。しかしぼくは嘘ごとだから読まないのではない。興味がないんだな全然!」  ふたりの眼はそろって机の隅にある本のところに行ってとまった。 「すると、なんのために、この本を、六カ月間も、そこに貼《は》りつけて置くんですか。書いた身になって見ると、なにか、ぼく自身がさらし者にされたような気がしますよ」 「その本のカバーが気に入ったからさ。山を描いたようだが、よくよく見ると山ではなく、雲の峰を連ねたように見える。色彩もなかなか面白い。ねえ、葛木さん、この殺風景な部屋の中を見て下さい、どこにも、色彩はおろか花一本もない。絵も掲げたくても、そのスペースがない。つまり、この本は絵のかわりのようなものだな」 「しかし、著者のぼくにとっては、そうされることは面白くないですね、かわりになにか机の上に置く絵を持って来ますから、その本をかたづけるか、私にお返し願いたいですね」 「いや、これはお返しするつもりはないし誰かにやるつもりもない。ところで葛木さん、新聞記者に富士山レーダーの映像写真を撮影させるのはいつごろになりますか」  古谷課長は話を仕事にもどした。 「多分、いまごろは、もうその撮影は終っているでしょう」  葛木は素直にそれが出た。 「なるほど、そういうわけですか」  古谷はちょっと頬をゆがめたが、仕方なさそうに笑うと、机の左角に置いてあった本を右の角に置きかえた。  富士山レーダーに、ひっかかった台風の写真が新聞に載っても、テレビで放送されても、その夜のうちにはまだ台風の影響は現われなかった。  実際に台風の影響が日本本土に現われたのはその翌日の昼ごろからであった。驟雨《しゆうう》が、ときどきやって来て撒水《さんすい》車の通ったあとのように道路を濡らした。  台風は北々西に進路を取っていた。紀伊半島が予想上陸地点として挙げられていた。  富士山頂では、台風を前にして、最後の仕事に全力をそそいでいた。内部の塗装、所員の宿舎の内部手直し工事であった。宿舎の修理が終って、大沢寄りの臨時宿舎から、そこへ移転が終れば、富士山頂レーダー工事の全部が終了することになった。レーダーの機器自体は既に検査は終っていたが、主なる技術者は頂上に居残って機器の様子を見守っていた。設置後間もなく故障が起るというケースはそう珍しいことではないし、故障が起きた場合、ここまで登って来ることはたいへんであった。ブルドーザは山からおりてしまっていた。  寺崎は雨合羽を着てカマボコ宿舎のまわりを見廻っていた。心配になるような隙間はどこにもないし、支線はすべて完全であった。カマボコ宿舎は風速六十メートルに耐え得るように設計されてあったから、まずたいていの風なら大丈夫であった。外を見て廻ってから寺崎は、第三カマボコ宿舎に入っていった。倉沢コック長が夕食の支度をしていた。 「かなりひどくなりましたね、荒木さんたちは、今夜は向うに泊りこみですか、そうだとすると早いところ、夕食を運んでいってやらねばなりませんが」 「多分そうなるだろうから、なにか持っていってやったほうがいいだろう」  寺崎は一夏の間、作業員たちの胃袋を賄《まかな》って来た、そのせまい厨房《ちゆうぼう》に眼をやった。 「あと十日というところでしょうか」 「そうあと二週間で下山ということになるだろうな」  寺崎はそこを出ると、風雨の中を神社の方に向った。神社は周囲に石を積み上げて、小高い石塚になっていた。神社の前の富士館はまだ小屋を閉めてはいなかった。寺崎の要望によってすべての工事が終って、全員下山するまで、小屋を空けて置いて貰ったのである。そうしないと、いよいよカマボコ宿舎を撤収して、それらの材料を運び去るまでの一日か二日間、少数の残留組の宿舎がなくなるからであった。 「寺崎さん、台風は来るでしょうか」  稲田が心配そうな顔で云った。稲田はレーダードーム吊り上げ以来ずっと頂上にいた。彼だけは長期間富士山頂にいても疲労を訴えなかった。二十人のうち一人ぐらいの割合で、稲田と同じように、富士山頂に適合する体質の者がいた。 「どうやら富士山の方へは来ないらしい」 「でもねえ、寺崎さんカマボコ宿舎のまわりには石を積んで置きましょう。測候所の話によると、台風が日本本土のどこへ上陸したとしても、富士山は暴風雨になるということですから」  だが寺崎は小首をかしげただけで、それにはなんとも答えなかった。台風がまともに来ればともかく、そうでないかぎり、カマボコ宿舎は強風に耐えられると信じていた。  台風に刺戟されて驟雨《しゆうう》性の雨を降らせていた前線が北におしあげられて去ると、その後はしばらく静かであったが、夜が明けるとともに、吹き出した風は、時間経過とともに風速を増していった。富士山は台風の勢力圏に入ったのである。  寺崎は、富士山測候所内部の改造を急いでいる作業員二十名にそのままカマボコ宿舎にとどまるように命じた。朝のうちはいいとして、風雨がはげしくなったらカマボコ宿舎へ帰れなくなるおそれがあるからであった。それに、大暴風になった場合、宿舎をからにするわけにはいかなかった。作業員はカマボコ宿舎に残ったが、機器関係の技術者十数名は風雨をおかして頂上に向って出発した。  寺崎も頂上へ行くつもりで支度をしていると、梅原技師が云った。 「君はここにいて貰わないともしもの場合、困るんじゃあないかな……」  梅原は、第一カマボコ宿舎の方に眼をやった。そこには、富士山レーダー建設に関する大事な資料があった。 「だが、ぼくは」  寺崎には富士山レーダー建設第二年度の総監督としての責任があった。台風が接近して、強風が新築したレーダー観測塔を襲った場合、びくともしない様子をその眼でたしかめたかったし、レーダースコープの上で、台風そのものの映像をはっきりと見たかった。それは台風という自然の検査官に対して、総監督としての義務のように感じられていた。 「いいんだ、あっちの方には、荒木君もいるし、ぼくもいるから大丈夫だ。君はこっちにいて貰わないともしもの場合心配だ」  梅原はもしもの場合ということを二度云った。もしものことが起らないように設計しているこのカマボコ宿舎に、もしものことが起ることを予想しているような云いっぷりであった。梅原にそう云われると、寺崎は強いて、レーダー観測塔の方へ行くことはできなくなった。台風は近づきつつあるのに、基地に責任者が誰もいないということは常識からいっても考えられないことであった。  風は昼を過ぎてから急激に増大した。台風が急に速度を増して紀伊半島に向って進行中であることをラジオは報じていた。  富士山頂は暴風雨圏に入った。外へ出られるという状態ではなくなった。カマボコ宿舎には風速計はないけれど、三十メートル以上の風が吹いていることは確かであった。突風性の強風が宿舎を襲うと、宿舎は、その風の呼吸に合わせるように揺れ動いた。どこからも風の吹きこむ隙がないように見えていて、あちこちから、雨水が内部に吹きこんだ。  寺崎は作業員全部に、防風衣を身につけるように云った。そして、万一の場合、神社の前の富士館に搬出すべきものを、箱の中に収容して、それぞれ、それを持ち運ぶべき人を決めた。作業員たちの顔が緊張した。  寺崎はそれらの指示を与え、引越しの準備をしていながらも、このカマボコ宿舎が風に負けるとは思っていなかった。  二時を過ぎると、東寄りの風は砂を飛ばした。三号宿舎にいる倉沢コック長が、風雨の中を一号宿舎まで這《は》って来て夕食についての指示を寺崎に仰いだ。 「いまのうちに、各自に非常食を分配して置き、いざという場合はすぐ富士館に引越す準備をしてくれ、そのときは、そっちへ応援にいく人の手配もできている」  倉沢コック長が三号宿舎に引返すと同時に頂上から電話がかかって来た。 「瞬間風速は四十メートルを越した、そちらは大丈夫か」  梅原の声であった。 「こっちは大丈夫だ、そっちはどうだ、レーダードームはどうだ」 「それがちょっと心配なんだ、レーダードームの一カ所から水……」  そして電話はぷつりと切れた。頂上と宿舎をつないでいる電話線が切れたのである。  風は更に強さを増した。砂が宿舎の屋根にあたって機関銃弾の掃射でも受けているような音を立てた。風は強いだけでなく、始末に負えないほど乱れていた。空中を吹走《すいそう》して来た風は富士山という巨大な障壁にぶつかり、そこを乗り越えようとして噴火口という空洞のために、その方向を狂わせ、そして、富士山頂を形成する様々なピークによって、いちじるしく擾乱《じようらん》を受けた。カマボコ宿舎は、滝のような雨とともに吹きよせて来る風圧のために危うく吹き倒されそうになるかと思うと、その風がぴたっと止んで、その逆の方から前よりも強い風雨が吹きつけて来た。宿舎は、身をよじるように揺れて、防寒材料を間に挿《はさ》んでいる布製の屋根は、時には、幾条もの溝のような皺をよせ、そして時には浮腫《ふしゆ》した皮膚《ひふ》のようにふくれ上り、そして、なぜそうなるか想像もつかないことだったが、どこからか、かすれたような悲鳴を発するかと思うと、突然、ばたばたと音を立てて、屋根が自らを支えている鉄骨を打とうとした。  稲田と小寺が二号舎から一号舎に這って来た。 「寺崎さん、引越さないと危険だと思います。このまま風が強くなると人間ごと吹きとばされるかもしれません。作業員が動揺しています。このままにして置くと、彼等は勝手にカマボコ宿舎を出て富士館へ逃げていくでしょう」  稲田が云い終ったとき激しい突風が襲って来た。耳膜に針を剌されるような激痛を感ずると同時に、床が持上った。  寺崎は危険を察知した。 「十五人は引越しをやって、あとの五人は、カマボコ宿舎の防衛|措置《そち》を取らせることにしよう」  寺崎は作業員たちにそれぞれの部署を指示してから、彼は五人の作業員と共に外へ出た。防衛措置とすれば、大きな石を運んで来て、宿舎の周辺に置くぐらいのことしかできなかった。だが、寺崎は一歩外へ出て、彼の宿舎が強風に対してどのような目に合わされているかを眺めたとき、半ばあきらめた。この強風はおそらく数時間はつづくと思われた。その長い時間、持ちこたえることはまず至難と思われた。どこか一箇所が吹き破られたら、宿舎は風を呑んだ袋になって、ひとたまりもなく吹きとばされることは明らかであった。  重要書類全部と器械類と食糧の約半分が富士館に移されたときであった。三号宿舎が、水しぶきの中で、はげしく左右に揺れるのが見えた。危険だと寺崎は思った。そっちへ人を廻して、なんとかしようと思って声を出したが、その声は暴風雨に吹きとばされて誰の耳にも届かなかった。雨が彼の眼を洗った。寺崎は雨に打たれて、一時的に見えなくなった眼をこすり上げて、身体を起そうとしたとき、ふわりとなにかが舞い上るのを見た。それはとても三号宿舎だとは思えないほど軽々と、ひっくりかえり、そして、風を孕《はら》んだ帆のように、浅間神社裏から、このしろ池の方へ移動していくのが見えた。  紙食器《ポイツト》が風雨の中に舞い上って飛んでいった。三号舎の吹きとんだあとに、うずくまっている幾人かの人が見えた。彼等は突如彼等の頭上から取り去られた物の行方を放心したような眼で追っていたが、やがてひとりが、富士館の方へ向って這い出すと、他の者は、すぐその後を追った。作業用のヘルメットが彼等の頭から次々ともぎ取られて霧の中へころがっていった。彼等は恐怖にゆがんだ顔で這いつづけていた。  三号舎が吹きとばされたと見ると、二号舎、一号舎にいる作業員は、いっせいに暴風雨の中へ這い出していった。寺崎は彼の左右に稲田と小寺がぴったりついていることを心強く思いながら這った。富士館にたどりついてうしろをふりかえると、一号舎、二号舎はあとかたもなく吹きとんで、ちぎれて残ったスティールの支線が、暴風雨の中で鞭《むち》を振るように鳴っていた。 「誰か怪我をした者はいないか」  寺崎は作業員たちに呼びかけた。  彼等はせわしい呼吸をつづけながら、いま起ったばかりのおそろしいことからまだ抜けきれない表情で黙りこんでいた。  稲田と小寺が人員をたしかめた。手足に掠《かす》り傷を負った者がある程度で全員無事であった。暗い石室の奥でロウソクが燃えていた。風の呼吸に合わせて焔が揺れた。 「レーダードームは大丈夫だろうか」  寺崎はその声を耳にしたとき、反射的に外へ眼をやった。富士館は冬構えのために、入口に石を積み上げてあった。やっと人ひとりが出入りできるだけの入口に、内側から雨戸を立てかけ大きな石で押えてあった。雨水はその戸の隙間から、ホースで水を撒《ま》くような勢いで吹きこんでいた。寺崎は床の上になにもかも一緒くたにして放り出してある荷物の中から、懐中電灯を探し出して、彼の衣類を探した。とても見つかりそうもなかった。彼はそこに投げ出してある物の中から誰かの厚手の毛糸のジャケットを引張り出すとそれをすっぽり着こみ、その上に防風衣、更にその上に、上下の防水衣を着こんだ。 「寺崎さん、どこへ行くんですか」  小寺が云った。 「ちょっとそこまで」  寺崎はそれ以外はなにも云わず入口に近づくと、戸を押えている石をおしのけにかかった。 「寺崎さん、外はもう歩けたものじゃあないですよ」 「いいからちょっと出してくれ、大事なことを忘れていたのだ」  寺崎はそう云って暴風雨の中へ這い出していった。軍手をとおしてしみこんで来る雨がつめたかった。  寺崎はカマボコ宿舎が風に吹きとばされたとき、レーダー観測塔のことを思った。風速六十メートルに耐え得るように設計してあるカマボコ宿舎が、吹きとばされたとき、彼は技術者が机上で計算し、設計し、実験室で実験したことが、自然に対して、いかに当てにならないものであるかを知った。もしカマボコ宿舎に、実験室内の風のように、御行儀のいい風が吹いたならば、六十メートルはおろか、その安全率の範囲内の七十メートルぐらいの風でも吹きとばなかったであろう。だが、自然の風は、実験室内の風ではなく、それはあらゆる方向から勝手に襲いかかって来る、風の乱打であった。  寺崎は、その風の槌にレーダー観測塔が耐えられるかどうかが心配であった。レーダー観測塔は百メートルの風速に耐え得ることになっていた。しかも尚、それに安全率を掛けて計算してあるから、まず富士山頂を襲ういかなる風にも耐えられる筈であった。だが寺崎は心配であった。梅原との電話が切れる間際に、梅原は、レーダードームの一カ所から水……と云った。おそらく水が洩れていると云おうとしたのであろう。  寺崎は総監督としての責任があった。もしレーダードームの一部から水が洩れ、或は、あの三角形のポリエステル樹脂のパネルが一枚でも風に吹きとばされるようなことがあったら、そこに吹きこんだ風は次々とパネルを剥ぎ取り、そして最後には、レーダードームさえも吹き飛ばすかもしれなかった。  眼の前で、風神の乗る船の帆となって消え去ったカマボコ宿舎を見た彼には不安でならなかった。レーダードームだけではなく、予備エンジンも、レーダー本体も、いよいよ台風の渦中にあって、果してその性能を発揮しているかどうか心配だった。  寺崎は小石まじりの暴風雨の中を這った。水平に吹きつけて来る滝のような雨も、風の吹き廻しで、ときどき息をつくことがあった。そんなときは十数メートル先が見えた。そしてすぐ密度の濃い霧と雨が彼を包んだ。  彼はその風速がいかに強くとも、六十キログラムの彼を木の葉のように吹きとばすことはまずあるまいと考えていた。一寸きざみに這っていったら、頂上観測所に行きつくことができるだろうと思った。  彼は這いながら、まだ昼食を食べていなかったことを思い出した。食欲はなかったが、こういうときには食べて来るべきだと思った。  三島岳の裾を廻って、馬の背にかかろうとしたとき、想像もしなかった強風帯に直面した。馬の背は南に面した鞍部《あんぶ》であった。富士山頂のお鉢のうちで、この部分と成就岳の北側の荒巻の鞍部が富士山でもっとも風の強いところであった。自由空間を吹走して来た風は、ここで収斂《しゆうれん》されて眼に見えない風の棍棒《こんぼう》になって、吹き通っていた。  寺崎はそこであきらめるべきであった。台風による南寄りの強風下に、とてもそこを通ることはできなかった。しかし彼は、その難所を強引に突破しようと企てた。彼は這った。噴火口の方に顔をねじ向けているとどうやら呼吸はできた。風雨の音はもう気にならなかった。寒さを感じなかった。ただ彼は、馬の背にかかったとき、彼の身を不甲斐ないほど軽く感じた。風が彼を馬の背から剥離《はくり》しようとした。たわいのないように彼の身体が浮き上ろうとするのを、彼は砂に爪を立てて防いだ。  彼は恐怖を感じた。このまま、さっき見たカマボコ宿舎のように吹きとばされるのではないかと思った。剣峰まで行くのは無理だと思った。引き返そうとして、身をよじったとき、そこに、風にとって絶好な抵抗点を作った。彼の身体は横転し、噴火口に向って、ころがり落ちていった。身体中を岩にぶっつけた。彼は口に入った砂を噛みながら死ぬかもしれないと思った。     6  その雨洩りはどこから生ずるのかはっきりはしなかったが、かなりの量であった。ほうっておけば水は機器にかかるおそれがあった。ビニールが機械の上にかけられ、たまった水をバケツにとって外に棄てた。  荒木と梅原は、なんともいえないすさまじい轟音を発するレーダードームの方を見上げながら、ときどき顔を見合わせてはうなずき合っていた。風が作り出すその奇妙な摩擦音と雨洩れがもっとも気になるものだった。夜を迎えると暴風雨はいよいよはげしくなり、瞬間風速は六十メートルを越えていた。ふたりはレーダードームからレーダー観測室に戻った。  台風はその全貌をレーダースコープの上に現わしていた。白い渦巻の中になにか貴重な宝石でも抱くかのように、黒い空洞を覗かせている台風の眼は、紀伊半島に上陸すると、ややその眼を細めたようであった。この映像はこのままの姿でレーダーリレーによって東京の気象庁に送られていた。東京の気象庁のレーダー観測室から、ときどき明瞭度について問合わせがあったが、双方に差違はみとめられなかった。 「とうとう、やったな」  荒木が梅原の耳元で云った。 「やったぞ、なにかこう、ざまあ見ろと誰かに向って叫びたいような気持だな」  梅原が荒木の耳に口を当てて云った。 「このすばらしい台風の姿を寺崎に見せてやりたかったな」  荒木は、浅間神社の方へちょっと眼をやってから 「だが、この暴風雨じゃあどうにもならない」  ふたりはなんとなく顔を見合わしてから、レーダースコープの前に坐って、写真を撮ったり、計算をしたりしている、富士山測候所所員のうしろをすり抜けるようにしてエンジン室に通ずる廊下に出た。隙間から吹きこんだ雨は廊下にまで流れこんでいた。  レーダー観測室から予備電源室へ行くには数段階段をおりねばならなかった。その階段の途中で梅原は立止って、小首を傾げて遠くの音でも聞くような顔をしていた。 「どうしたのだ、エンジンの音でもおかしいのか」  荒木が云った。 「いやエンジンの音ではない。寺崎の声が聞えたような気がした」 「寺崎が? ばかな、こんな暴風雨の中を来る筈がない。来ようとしても来られない」 「それはそうだが、昼過ぎに彼とレーダードームの水洩れのことを話し出したところで電話が不通になったのだ。寺崎はそのことを心配してやって来るかもしれない……それが気になっているのだ」  丸窓から外を見ると真暗だった。 「台風が日本海に出るのは夜明けだな」  梅原は夜が明けたら、すぐカマボコ宿舎へ誰かを連絡にやろうと思った。  ふたりはエンジン室を見廻って異常のないことを確かめると、またレーダードームへ通ずる狭《せま》い梯子《はしご》を登った。レーダーの空中線が廻っているから、その中に立つことはできないが、床面に這いつくばって、懐中電灯で照射するかぎりにおいて、レーダードームのパネルの異常は認められなかった。それにもかかわらず、レーダードームの内側を流れ落ちて来る水があった。 「とにかく、監視《かんし》を続けよう、もしレーダードームのパネルに異常が出たら、すぐレーダーを止めて応急処置を取らねばなるまい」  突風が来るたびに二人は耳に激痛を感じた。瞬間だったが気が遠くなった。 「瞬間風速七十七メートル……」  測候所員はレーダードームの登り口で、そう怒鳴ったが、轟音でふたりに聞えないと見て取ると、空に字を書いて示した。  ありとあらゆる轟音の支配下に完全に入ってしまうと妙な静けさを感ずるときがあった。その中に二つだけ気になる摩擦音があった。ひとつは高速度|研磨機《グラインダー》をかけるような音であり、もうひとつは、鳶《とび》の鳴く声に似たひゅるひゅるという音であった。  ふたりは、その音響を聞くたびに緊張した。その音のあとに、雨洩りの量は増していくように感じられた。  寺崎はそのころ噴火口の中にいた。そこにいると幾分か風の当りは弱いようであった。弱くとも、強くとも、彼は足腰が立たないから身の動かしようがなかった。吹きとばされたとき、岩にぶっつけた腰の痛みが特にひどかった。  彼の全身を風雨がたたいていた。防風衣の上に防水衣を着ていたから、彼の身体は直接雨にうたれてはいなかったが、雨水に洗われた彼の外衣を通して、強風が遠慮なく体温を奪っていった。風に吹きとばされたとき、外衣の一部が破れて、そこから雨水がしみこんで来るから、その部分を下にしようとすると、仰向けにならねばならなかった。そうすると、襟首から水が浸入した。  全身が氷づけに会ったような寒さであった。寒さはやがて手足の感覚を奪いにかかった。寒さよりも明るさがどこにもないことが苦痛だった。懐中電灯は吹きとばされたときになくした。 「噴火口から外へ吹きとばされることがないかぎり、朝までのがまんだ」  寺崎は自分に云い聞かせていた。時々異様な音を聞くたびに寺崎は、もしやレーダードームが風に吹きとばされたのではないかと心配した。そんなことはあり得ないと思っても、それが心配だった。その音さえ、ときどき彼から遠のくことがあった。そして彼ははっとなって眼を覚し、両手で自分自身を叩いた。  睡《すい》魔との戦いに結局彼は負けた。彼は泥のような暗闇の中で眼を閉じた。そのまま、噴火口の底へずるずる落ちていって、その底に流れている水の中へやがて吸いこまれるのだと思っていた。  明け方近くなって風速は三十メートル台に落ちた。稲田と小寺がザイルで身体を結び合わせて剣峰に這い登っていった。  寺崎が噴火口の中で発見されたのは、更にそれから一時間後であった。  寺崎は叫び声に薄目を開けると、まぶしいものでも見るように顔をそむけてまた眼を閉じた。富士館にかつぎこんで、寺崎の濡れた着物を脱がすと、べとべとに濡れたパート工程表が出て来た。     7  台風が過ぎ去ったあとも、摂津電機の技術者と作業員は富士山頂にとどまっていた。台風の際、水洩れがあったレーダードームについては、その後厳重に調査した結果、パネルの接合部に施工不充分な点があったことが分って修理された。  台風の際の異常音については、風とレーダードームとの摩擦音という以外に考えようがなかった。  測候所内部の改築手直し工事が終り、周囲の取片づけが終って作業員が下山しても、尚、主なる技術者は富士山測候所に、居をかまえて、機械を見守っていた。  葛木の日課は、日に一度富士山頂と連絡を取って残留している技術者たちにその後の情況を聞くことと、連日のように気象庁九階のレーダー観測室に見学にやって来る内外人の案内役を勤めることだった。富士山の気象レーダーを東京で|遠隔 操縦《リモートコントロール》できるということに驚きの眼を見張る人が多かった。その驚愕の度合は日本人より外国人の方が率直で大げさであった。  見学者の説明が終って九階のレーダー室から、六階の彼の部屋に帰ってからの葛木は急に不愛想な顔になって、高速道路一号線を見おろしている場合が多かった。  八月十五日の朝、レーダードームの吊り上げが成功した瞬間から、気象庁を退職すべきであると彼の頭の中で考えつづけていたことは、何時、退職の意思表示をなすべきかという現実問題に発展していた。少くともその時期は上層部において来年度の人事が協議される一月以前でなければならなかった。  荒木技師、梅原技師がそろって富士山からおりて来たのは十月の中旬を過ぎてからであった。 「もうどこにも心配になるようなことはひとつも残ってはいません」  荒木技師は自信ありげに云った。 「長いこと御苦労様でした」  葛木は荒木と梅原に素直に犒《ねぎら》いのことばが云えた。富士山レーダーについての苦労話がつぎつぎと出た。一カ月前の話になるかと思うと、二年前に突然戻ったりした。 「ぼくはきのう山をおりるとき、生れて来てよかったとしみじみ思いました。富士山レーダーというテーマを与えられ、それをやり遂げたということは技術者としてこの上もない誇りだと考えています。おそらく、あれだけ難かしい、そして苦しい、やりがいのある仕事は今後はないでしょう」  その荒木のことばを梅原が引きついで 「同感だね、技術屋として、ありったけのものを持って命がけでぶっつかって行ったというような仕事でした。できて見て、自分ながらよくできたと思っているくらいです。……しかしみんなよくやりました。富士山レーダー受注以来、関係者全部がなにかこう熱に浮かされたような張り切り方でした。やはり、日本人の象徴、富士山ということが頭にあったからでしょうね」  梅原技師は、彼が撮影して来た幾枚かの写真を葛木のテーブルの上に一枚一枚ていねいに並べると 「だが、なにかへんな気持ですね、虚脱状態ってこういうことでしょうか。山をおりた途端になにもかも、することがいやになってしまった……疲れが出たっていうんじゃあないんです、いわば目標を見失ったような気持なんですね。富士山で仕事をしていたときは、東京オリンピックを見たいと思っていたのが、さて、下界におりて、そのオリンピックの切符を貰っても行きたいとは思わない、へんですね。ふん、オリンピックか、なんだって、あんなばか騒ぎをやっているのだろうっていったような気になるんです。折角貰ったオリンピックの切符は他人に譲ってしまいました」  梅原はそう云って笑った。 「たしかにあなた方はオリンピックで金メダルを取ることより、もっとむずかしい仕事をやり遂《と》げたのだ」  葛木は、その言葉が決して誇張《こちよう》したものだとは思わなかった。  寺崎と神津が葛木のところに来たのは、更に十日ほどあとであった。寺崎の右の頬に二条の傷跡が残っていた。その二条の傷跡の線の頂点を眼でつなぐと変形された富士山の形になった。  寺崎は小さい声で、ぽつりぽつりと、記憶を拾うような話し方をした。 「工程表に引きずり廻されていたっていうことになるでしょうね。私の仕事は工程を如何にして追いかけていくかということでした。とにかく最後まで私の立てた工程には追いつけずに仕事は終りました。総体的には十日ほど仕事は遅れました」  だが寺崎の顔には大仕事をひとつやりとげた満足感があふれて見えた。 「私たちのように直接技術面にタッチしない者であっても、富士山の仕事はたいへんでした。やりがいのある仕事でした。だが完成して見ると、これといって自慢するような具体的なものはなにもないんです。まあ、云うなればその他おおぜいのくちでしょうな」  神津が云った。 「そういうことになるとぼくもきみと同じことになる。改めて、富士山レーダー建設について、なにをやったかと考えて見ると、なにもやっていない、ただ見ていただけだった」  葛木は神津の顔から眼を彼の隣の席で外国の文献を読んでいる井川調査官の方へやった。 「いや課長は最大の主役でしたよ、富士山レーダーの仕事は一社でなければできないという意志をおしとおしたからこそできたんです。あのとき、分割発注にでもしたら、完成までにあと二、三年はかかったでしょう。これはうちの技術者連中が異口同音に云っていることです」  神津は唇を突き出すようにして云った。 「いまさら、胡麻《ごま》をすることもあるまい、それより、ぼくが辞めないうちに、富士山レーダー建設に従事した人の銘板だけは作っておいてくれたまえ」 「銘板の方は、早速はじめますが、いま辞めるとおっしゃったことは……」 「辞めたいと思っているのだ──」  葛木はふと洩れた彼の真意を、決して否定はしなかった。井川調査官がびっくりしたような眼を向けた。電話がつづけて二、三度あったあとで、人事課長が来てくれという電話があった。葛木は神津と寺崎に別れるとすぐ人事課長室へ行った。  中川人事課長はいやにせかせかした態度で、テーブル上の書類を積み変えながら 「あなたは将来どうなさるおつもりですか」  と云った。そう云いながらも中川は、葛木の方を見ず、いかにも机上の書類を探すかのようにせわしく手を動かしていた。 「実は、きょう人事院で、あなたのことを訊かれました。役人作家という名前をちょいちょい見掛けるからでしょうね。管理職のポストにいながら、一方では作家として稼いでいることはおかしいというわけなんです、つまり……」  中川はそれだけ云うと机上を離れて、丸テーブルの向う側に坐った。 「つまり人事院はぼくに気象庁を辞めろと云ったのですか」  葛木は、辞めるという意思表示を、自ら云い出す前に、人事課長に先手を取られたことが、ひどく自尊心を傷つけられたような気がした。神津に、ふと辞めたいと洩らした直後に、人事課長にその辞職について呼出されたのも皮肉であった。 「そういう意味の勧告《かんこく》がありました」 「もし人事院がそういう意向なら気象庁長官あて公文書を一本出したらいいでしょう。いったい公務員規則のどこを探したって役人作家はいけないなんて書いてありゃあしない。ぼくは、役所は役所、小説は小説とはっきり区別していままでやって来ています。人事院にとやかく云われる筋はないと思います」  咄嗟《とつさ》に葛木はこの話は人事院で、なにかの形で囁《ささや》かれたにしても、ほんとうに辞めさせたい意志は人事院ではなく、人事課長とその周辺にあると直感した。おそらく人事課長は、人事院を楯《たて》にして辞職を勧告しようとしているのだろうと思った。 「実はこの話を村岡観測部長に話しました。村岡観測部長は、あなたは有能な課長であるから辞めさせる意志は毛頭ないと云ってこの話を一|蹴《しゆう》しました。しかし葛木さん」  中川人事課長は突然椅子から立上ると、丸テーブルの両側をしっかりつかんで、それまでの控え目の態度をやめて、まるで、葛木を相手に膝詰談判でもするような、剣幕でしゃべりだした。 「いったい人事行政ってなんでしょう。人事院の示す人事行政はひと口に云うと人を減らすことです。人材を抜擢《ばつてき》して官庁の頭脳を若返らせようなんてことは、人事院は毛頭考えていない。食える者から辞めて貰おうというのが人事院の方針なんです。気象庁の人事行政だってそうです。葛木さん、あなたが有能な課長であるぐらい村岡部長に云われないでも知っています。おそらく、あなたがいなかったら富士山レーダーはできなかったでしょう、私はそう思っています。しかし、現在の人事行政はその人が優秀だとか優秀でないなどということは問題じゃあないんです。専門学校、大学を出ていながら四十歳を越しても、まだ係長にもなれない人が気象庁にはうようよしています。こういう人を浮び上らせるには、辞められる人に辞めて貰うより仕方がないのです」  中川人事課長の発言には真実感があった。 「あなたの意思はよく分りましたが、辞める辞めないは飽くまで私の自由意思できめます」  葛木は人事課長室を出た。紙|屑《くず》燃焼炉の煙突から洩れた煙が廊下を這い廻っていた。辞めるつもりでいたのに、人事院を嵩《かさ》に着て、人事課長にやめろと云われたことで、葛木は数日間腹を立てていた。  十一月の半ばになって、毎朝新聞の平賀記者がやって来た。 「辞めるんだってほんとですか」 「ほんとならどうなんです」 「どうだっていいが、役人作家という言葉が使えないだけもったいないような気もするな」  平賀はそう云うと椅子を寄せて 「来春三月、長官が辞めるについて、その後任の名が浮んでいますね。その後任の長官についてどう考えますか」 「どう考えますかって人格の問題ですか」 「そうじゃあない。その長官交替に伴って、気象庁内で小さな人事革命が起る。その新任長官は、自派の勢力を以て身を固め、反対派を追出す。追出されるリストの一番先に載っているのが観測部で一番うるさ型の課長葛木章一……」  葛木は笑い出した。平賀も白い歯を見せて笑ってから 「だが、この噂は、かなりきな臭いにおいがしますね」  葛木の二階の書斎と富士山頂とを結ぶ線上に建築中の銀行は、十二月に入って完成した。富士山頂は完全に視界から去った。  しげがデパートで久しぶりに会った気象庁関係者の奥さんから、葛木が辞めるという噂を聞いて帰って来た。 「あなたに辞めなさい辞めなさいと云っていながら、いざ他人の口から、お辞めになるんですってね、などと云われるといやあな気持になって……おかしなものですね」  しげはそのことがひどくこたえたらしかった。そのしげのいつになく神妙な顔を見ていると、これ以上、噂が流布されているのを黙視すべきではないと思った。  その朝、多摩電気の堂本幸吉が久しぶりでやって来た。 「富士山レーダーはとうとうできましたね」  堂本は月おくれのお世辞を云った。 「あなたはいつか、富士山レーダーが見事出来上ったら、おめでとうを云いに参りましょうと云ったことがある。覚えていますか」 「勿論覚えています」 「ではおめでとうとなぜ云わないのですか」  葛木は堂本の顔をまっすぐ睨みつけた。 「富士山レーダーはまだ、実用化試験局でしょう、気象援助業務局になるにはまだまだ何年かかるか分りません。それまで、あなたは私がおめでとうを云いに来るのを待ってはいられないでしょう」  堂本も、どうやら葛木の辞めるという噂を知っているらしかった。 「勿論待ってはいられない。だから、こっちからあなたにお礼を云おう、なにかと富士山レーダーについて妨害電波を出してくださってありがとう」  すると堂本は、いきなり葛木につかみかかって来そうな剣幕で 「なんですって、ふざけちゃあいけません。富士山レーダーの仕事が取れなかったから、妨害電波を出すようなそんなけちな人間だと思っているのですか、そういうことをあなたが云うならこっちにも考えがある」 「どういう考えがあると云うのだね。まあいい、考えがあろうがなかろうが、ぼくのいないあとのことだ。おそらく、ぼくにかわって世論が富士山の味方になるだろう。あなたがどんな妨害電波を放とうが、世論には勝てまい。富士山レーダーは一年後にはきっと一本立ちになる」  堂本は、怒りをいかなる表現にすり替えようかと考えているようだった。しきりに眼をぱちぱちやっていた。 「堂本さん、あなたは富士山についてどう考えているのです」 「もっとも単純で、もっとも味わいのない、そして、もっとも山らしくない、山としての存在価値さえ否定したい山ですよ、富士山というのは、いったい、あんな山のどこがいいんです。なにが、日本の象徴なんです。ああいう山に血道をあげる人間こそ、もっとも軽蔑《けいべつ》すべき対象ですね」  堂本はぷいと葛木に背を向けると大股で部屋を出ていった。 「課長、堂本さんが妨害電波を出したって証拠はなにひとつとしてないじゃありませんか、課長が勝手にそう思いこんでいるだけです。富士山レーダーという仕事の中に課長自身が持ちこんで来たキツネみたようなものですよ。もう心の中のキツネは追出してもいいじゃあないですか、富士山レーダーは立派に完成したんですから」  井川調査官が云った。 「キツネと云えば、富士山そのものが偉大なるキツネだったかもしれない。丸々二年間、いやその数年前から化かされていたと云ったら嘘になるだろうか」  葛木はそう云い残すと、部屋を出て部長室に村岡を訪ねた。  村岡は本棚の整理をしていた。 「今年度いっぱいで辞めさせていただきたいと思います。人事課長の方には部長からそのように伝えて下さい」  村岡は本棚から離れると、洋服のそでについたほこりを払いながら 「やっぱり辞めるかね、実は、ぼくも仙台の方へ行くことになったのだ」  葛木は、ふいに突きとばされたように感じた。葛木は村岡と離れた自分をそれまで考えたことはなかった。葛木の中には、常に村岡がいた。村岡をほとんど身内意識の中に置き、盾《たて》以上の盾としていたから、彼はワンマンになれたし、富士山レーダーという大仕事ができたのだ。そういうことは、それとなく、他人にも云われたし、彼自身の感懐としては持っていたが、それが実感として葛木の心を撃ったのは、仙台へ行くと云われた瞬間だった。  葛木は自分の中から村岡が分離していくのをはっきり自覚した。  葛木が辞職する決心をしたときも、彼の中に村岡はいた。辞めると決めた心の隅に、もしも村岡が強硬に辞職を反対したらという気がないでもなかった。そうでなかったら、村岡が仙台へ去ることで、これほど、強いショックを受ける筈がなかった。 「仙台へ……」  葛木はそれだけいうのがせいいっぱいだった。 「そうだ仙台へ行くのだ、君とはもう一緒に仕事をすることはあるまい」  葛木はひとつきほど前に、毎朝新聞の平賀記者がいったことをふと思い出した。 「なぜ仙台へ行かねばならないんです」  それには村岡は答えず 「とにかく、ひとつの人生の区切り点だと思うよ、きみにとっても、ぼくにとっても──」  意外に淡々《たんたん》と云っている言葉の裏に、葛木は村岡のあきらめに似たものを感じた。 「三月末までにはまだ三月ある。それまでに、どこか、富士山がよく見えるところで、二人だけでお別れのビールを飲もう」  村岡は葛木に背を向けるとまた本棚の整理を始めた。  葛木は部屋に帰ると、彼の書棚の中に、神田の古本屋から買って来たまま積みあげてある古本の一冊を取って小脇にかかえこんだ。本は目見当で、四、五十冊はあった。毎日、一冊ずつ家へ運んでいっても、三月三十一日に、その席を離れるときには、本箱はからになっているだろうと思った。  葛木は、退庁時間後、もう一時間以上もたって森閑《しんかん》としている階段を、ひとつひとつ数えるように一階に向っておりていった。  三十年前に富士山観測所勤務をしていたころ、日暮れどきにひとりで噴火口におりていったときのことを思い出した。  富士山頂を形成する周囲のいただきが、まだその日の残光を受けて輝いているのに、富士山頂の一部である筈の噴火口の底には、たとえようもないほどの暗さが溢れていた。  葛木はいま、その暗さに向って足を踏み入れていくような気がしてならなかった。  だが葛木の靴が一階の床を踏んだときには、彼の頭から富士山のかくされた暗さは消えていた。  葛木章一は出口のドアを肩で押しあけると、乾いた空気の中へ出ていった。 〈底 本〉文春文庫 昭和四十九年七月二十五日刊 旧字体置き換え ※[#「くさかんむり/曷」]→葛